Text

子守唄





「ねんねん ころりよ おころりよ ぼうやは よい子だ ねんねしな――――
 庭先から子守唄が聞こえる。ねねの声だ。
 何事だろうと半兵衛がひょいと顔をのぞかせると、縁側に座るねねと膝枕をされて眠るの姿があった。
 珍しい組み合わせ――――というか、ねねの膝枕は秀吉の特等席ではなかったのか、と半兵衛は訝る。
 背後に立つ半兵衛に気付いたのか、ねねは振り返ると淡い笑みを浮かべた。
「珍しいですね。が膝枕なんて」
 あの律儀な性格からか、こういう物をは全力で遠慮するかと思った。
「うん。無理やり寝かしつけたの。なんだか具合悪そうだったし」
 なるほど。確かにの顔は紙のように白い。元々、身体が弱いせいか、平時でも具合が悪そうにしている事がある。その上、最近は執務もたまっており、その無理が祟ったのかもしれない。
 眠るはぐっすりと、瞳を固く閉じて軽い寝息を立てていた。
 柔らかそうな頬に誘われて、思わずつんと指先でつつくと、がわずかに身じろいだ。
「こ〜ら、悪戯しないの」
 ねねに怒られて、半兵衛はすみません、と頭を掻く。
 しかし、ねねにも半兵衛が何となく触ってみたくなる気持ちも分かっていた。小さい頃から整った顔をしていたが、育つにつれて更にその美貌に磨きがかかってきた。良家の姫と比べても遜色ないほどの美しさは、ねねにとっても自慢であり、大切な宝である。
 かつて官兵衛より幼いを預けられ、ねねと秀吉はまるで自分の娘のように育ててきた。男の子達ばかりの子飼いの中で唯一の娘。もともと女児の欲しかったねねは、これ幸いにとばかりにを可愛がった。
 鮮やかな色の着物も、かんざしも、頬紅も――――暮らしは決して楽ではなかったが、何とか銭を捻出し買い与えた。
 秀吉は他の子飼いに比べ贔屓にならないかと気にしていたが、ねねが女の子を欲しがっていた事を理解していたため、何も言わずにねねの好きなようにさせた。子が出来ない事への贖罪でもあったのかもしれない。
 だが、そうして大切に育て上げた娘も、やがてねねの意に反して戦に赴いてしまう。
 官兵衛に懐いていたため軍略を学ぶ事は許したが、ねねは最後まで戦に行く事に反対した。最後には泣き出して、勝手にしなさい! と家を飛び出してしまったほどだ。
「うちの子、可愛いでしょう?」
 唐突に問われ、半兵衛は自分でも間抜けなほど素直に、はい、と答えた。
 ねねが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「でも、あげないよ?」
「それは残念」
 そんな冗談のような会話を続けながら、ねねは愛おしそうにの髪を撫でる。
「お嫁にあげるにはまだ早いもの。女の子は一緒にいれる時間が短いから、まだ側にいて欲しいの」
 只でさえ、戦だ執務だと、ねねと一緒にいる時間が少なくなっているのだ。この上、嫁にでも取られたらますますとの距離が離れてしまう。
「半兵衛、あたしね。本当はが戦に行くの、嫌で嫌で仕方がないんだよ。官兵衛にあの子を連れて行かないでって頼んだ事だってあるの。断られちゃったけど」
 ねねの苦笑を見つめながら、半兵衛にはその光景が容易く想像できた。あの官兵衛の事だから、ねねの願いなど聞くまい。自身が望むのならと、戦場へと伴ったはずだ。
 ここ見て、とねねがの手を取り、袖を捲り上げた。
 生々しい刀傷の痕。傷は塞がってはいるが、の白い肌を割るように醜い傷跡が走っている。
「この前の戦でつけて来たの。あたし思わず怒っちゃった。どうして軍師なのに傷つくの、本陣で策を練るのが軍師の仕事でしょうって」
 当然、そればかりではないとねねも理解している。だが、戦に赴くたび命を削り、帰るたび新しい傷を作ってくる娘に、ねねも気が気ではないのだ。
 次の戦こそ、躯になって戻って来るかもしれないと思うと、眠れぬ夜を過ごす事も少なくない。
 そんなねねには口答えしない。ただ申し訳なさそうに俯き、ごめんなさいと答えるだけだ。
「本当はそんな話したいわけじゃないの。もっとお洒落とか、料理とか、恋の話とかしたいのに――――駄目な母親だね」
 そう言って寂しげに微笑むねねの顔は、母の顔そのものだった。
「大丈夫ですよ。は頭のいい子だから、おねね様の気持ちもちゃーんと分かってますって」
「そう?」
「そうですって。毎日、に付きまとってる俺が言うんだから当然!」
「なんだかそれって犯罪っぽくない?」
 とねねは顔をしかめたが、半兵衛がの嫌がる事をするはずがないと信じて、深くは追求しなかった。
 小さく身じろいだを寝かしつけるように、ねねは髪を撫でながら子守唄を口ずさむ。
「ねんねん ころりよ おころりよ ぼうやは よい子だ ねんねしな――――



end


おねね様とほのぼの。
いつも怒られてばかりなので、たまには甘やかされてみたり。
半兵衛オチはこちら。甘め、短いです。