Text

恋花 05





「おかえり〜」
 と、いつものにこやかな声で。
 長旅から戻った一行を、ねねが迎え入れた。
 まずは旅の報告をと秀吉の元へ参じると、官兵衛と戦の話をしていたようで、二人に揃って帰宅の挨拶を済ませた。
 宗茂からの文と土産の温泉饅頭を手渡し、ふといつもいるはずの小柄な背中がない事に気付く。
「あの……半兵衛様は?」
 何気なさを装って尋ねると、秀吉がにやにやといやらしい笑みを浮かべた。
「半兵衛はな〜、不貞寝してるんさ」
「不貞寝?」
 どうして、と小首を傾げる。
「そりゃあ、に置いてかれたのが嫌だったんじゃろ」
 一度は機嫌が収まったものの、やはり宗茂と一緒に行ってしまったのが悔しくて、今日が帰ると知って迎えにも出ず引きこもっているのだ。
「まるで子供だな」
 と、官兵衛が呆れたような声で呟く。
がおらん間、大変だったんじゃぞ〜。やる気出ないんで、調子悪いんでって、そりゃあサボるわふけるわ、逃げ出すわで」
 その度に官兵衛に怒られて、渋々執務につく半兵衛の姿を想像し、は苦笑を漏らした。
「疲れてるとこ悪いんじゃが、機嫌直しに行ってくれんか」
 頼む、と秀吉に拝むように手を合わせられれば、断る事などできまい。放っておけばいいのです、と官兵衛は呆れたような顔をしているが、この数日間半兵衛がまともに働かなかったのなら、さぞかし官兵衛にも迷惑をかけたことだろう。
 わかりました、と承諾して、は半兵衛の元へと向った。
 半兵衛は執務室の縁側で、ごろりと横になって軽やかな寝息を立てていた。
 夏が近いと言えど、日が沈めば夜は寒い。
「半兵衛様、風邪を召されますよ」
 と、夕日を受けた背中に声をかけたが、一向に返事はなかった。
 仕方がない――――
 は自分の羽織を脱ぐと、半兵衛の肩にそれをかけようと背後に座った。ふわり、と半兵衛の身体を覆うには小さなそれを背にかけると、途端に眠っていたはずの半兵衛が口を開いた。
「遅い」
 と。
 目は閉じたままなのに、妙にはっきりとした声で。
「帰って来るの遅いよ。なに遊んでたわけ」
 遊んでいたも何も余暇を楽しむべく九州へ向ったのだし、今日帰ることは先に伝えていたわけだが――――そんな事をいい訳しても仕方あるまい。
 申し訳ありません、と素直に謝ると、本当だよ、とどこか拗ねたような顔で呟いた。
がいなくて仕事は溜まるし、俺はやる気でないし、官兵衛殿に怒られるし――――ホントどうしてくれるの」
 それは自分のせいなのか――――激しく自業自得な気もするが、やはりはすみません、と謝った。
「分かればいいんだよ」
 と、半兵衛は拗ねた顔で呟くと、ゆっくりと身体を起こした。
 そして、の膝の上に乗った土産の饅頭を目ざとく見つけると、まるで自分に捧げられた供物であるかのように、遠慮なく包みを破いて口に含んだ。
 と、
「何これ?」
 一枚の薄い文を見つけて、裏返して差出人を確かめる。
 今回の原因となった宗茂の妻の名にぴくりと眉根を寄せつつも、半兵衛は饅頭を口にくわえて、びりびりと封を破った。
 『前略』と、普段の尊大な物言いには似ぬ、達筆な文字が半兵衛の目に飛び込んで来る。
 半兵衛は饅頭をもぐもぐと咀嚼しながら、しばし文面をなぞる様に読んでいたが――――
 突如、ぼしゅっとまるで火を吹くようにして、半兵衛の顔が赤面した。
「えっ、半兵衛様!?」
 が慌てて手をかざすと、半兵衛はそれを払い除けて、両手で顔を覆った。
「あ、あの……」
 何か失礼な事でも書いてあったのだろうか。がやきもきしながら案じていると、半兵衛は深く盛大に、ため息をついた。
「いやさぁ……知ってたけど……こうもはっきり、他人に言われると流石に……」
 もごもごと呟きながら、半兵衛がちらりとの顔を見やった。
 不安げな眼差しのを見ながら、半兵衛はどうしようかなぁ、などと独り言を繰り返している。
、あのさ」
 半兵衛が居住まいを正したので、も何故だか緊張して対峙するように座った。
「俺はね、甘味が好き。大福とか饅頭とか柔らかい歯ごたえのが」
 はあ、とは曖昧な応えを返す。
「好きな季節は春。桜が咲いてる頃。好きな色は蒼で、花は……やっぱり桜かな。歌はとくに知らないけど、古歌なんかはわりと好き。空は夕暮れ時が一番好きだよ。夕焼けと群青が混ざるような黄昏時が一番」
 何の話だろう、とは不思議そうな顔をしながら半兵衛の顔を見ていた。
 の反応が得られなくて、分からないかなぁ、と半兵衛は頭をぼりぼり掻き毟った。
は……」
「え?」
「やっぱりお餅とか好きでしょう? 春と夏が好きで、冬は苦手だ。寒いから。色は赤全般。花は何でも好きだけれど、桔梗とか椿とか桜なんかが特に好き。歌は子供が唄うような童謡、空は満天の星空。月が丸いなら尚更」
 つらつらと淀みなく、半兵衛がの好みを言い当てるのを、は驚きの表情で見守っていた。
 何故、知っているのだろう――――
 分からないかなぁ、ともう一度呟いて、半兵衛はもどかしそうに頭を掻き毟る。
「俺はね、俺より可愛い子が好きだよ。髪は長くて、色白で。守ってあげたくなるような、華奢な感じがいい。頭が良くて、でもどこか抜けてて、真面目で、鈍感で、怒るとたまに怖くて――――俺はさ、が好きだよ」
 真正面から向けられた告白に、はぱちぱちと瞳を瞬いた。
「あの、それは……」
 混乱する脳裏が考える余裕すら与えぬように、はさ、と半兵衛は告げた。
「格好いい軍師が好きでしょう? 何でもお見通しで、どんな逆境も智謀で切り開くような。賢くて、格好良くて、ついでに性格も顔もよくて――――つまり、俺のこと」
 半兵衛が視界の向こうでにっと笑んだかと思うと、困惑するの身体を優しく抱きしめた。
「ホントはもうちょっと、ゆっくり分からせるつもりだったんだけどなぁ……」
 と、ため息まじりに呟いて。
「でも、が鈍感なのが悪い。それじゃあギンちゃんが、余計なお節介をやきたくなるのも分かるよ」
 驚くの視界の先に、ァ千代のしたためた文が見えた。
『前略、竹中半兵衛殿
 を連れて行かれて、さぞかし貴殿は詰まらぬ思いをしているだろう。
 だが、これは立花流の友誼の証だと受け取って欲しい。
 貴殿の想い人は恐ろしいほどの馬鹿だ。大馬鹿者だ。
 好きだ好きだと自分で言っているくせに、それを恋と気付かぬとは、一体どういう教育を受けて鈍感に育てられたのか、想像だに出来ない。
 これでは貴殿も苦労する事だろう。よくも今日まで我慢を重ねて来たものだと、その心に同情する。
 何はともあれ、詰まらぬ邪魔が入らぬうちに、さっさと懇ろになってしまう事を勧める。
 手はずはもう整えた。
 この立花が手を貸すのだ。上手く行かぬはずがない。
 検討を祈る――――
 そして、事細かにしたためられた、の半兵衛に対する言葉。
 他人の文字を介して読むと、どこからどう見てもそれは愛の告白としか受け取れず――――
「え? あ、私……」
 途端にこみ上げる恥ずかしさに、は顔を真っ赤にさせて半兵衛を見た。
 半兵衛は柔らかく笑むと、鼻先がぶつかるほどに近く、額を合わせて顔を寄せた。
「俺のこと、もっともっと知って? 俺にものこと、もっといっぱい教えて?」
 顔中が火照って、心臓が早鐘のように鳴り響いて、触れられた場所が熱く甘くしびれていって――――
 ああ、これは……
 半兵衛は鼻先をこすり合わせるように顔を寄せると、唇にそっと口付けを落とした。
「それはね、恋って言うんだよ」



end


最後は恐ろしく甘かったですね。
実はおまけがあります。微エロ未満、甘め。
良かったらどうぞ〜