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浸月





 日常の中の違和感はいつもふとした瞬間に、加州清光に訪れるのである。
 己が顕現した時すでに何振かの刀剣が本丸を回していて、新参として加わったのだからそれが自然だと言われればそうなのかも知れないが。
 違和感の正体は、自分がこの本丸に顕現したのが初めてではないせいなのでは無いかと思う。かつてこの本丸には別の審神者が居た。何の不祥事があったか知らないが、その審神者がお役御免となり今の審神者が現れた。前の本丸の事は朧気にしか覚えていないが、その時の感覚と今の感覚がふとした時に食い違うのだろう。それが違和感の正体なのだと自覚していた。
 例えばそう、こんな時。
 天下五剣が一振、三日月宗近が朝早く炊事場に居て湯漬けなどをこしらえているのを見た時、その違和感は訪れる。
「早いな、加州清光」
 老人だから朝が早いとかそういう事の前に、この男は自ら炊事場に立つような男だったろうか、と思うのだ。かつての三日月のことはよく覚えていないが、そういう質には見えない。もっとも美しいと言われ、時の為政者から愛でられ続けたこの男は、どちらかというと世話をされるのが好きそうな雰囲気がある。
「あんた炊事とか出来るんだ」
 素直に思った事を口にすると、三日月は呵々大笑した。
「腹が減ればつまみを作るくらいはする。今ほど大所帯でなかった頃は、炊事は俺の仕事だったからな」
 慣れているといいたいのか、たしかに手際は悪くない。だが、それでも違和感は沸く。
「そう? 主が面倒みてくれそうだけど」
 そう口にすると、三日月の手がわずかに止まる。
「…主はあの通り足が悪い。不自由な主に世話をかけさせるほど衰えてはおらんさ」
「はあ。一応、気遣ってんだ」
「はっはっは、当然だろう」
 さて、と三日月は会話を遮り、盆に碗を載せて炊事場を去っていく。
 加州清光は碗が二つ載せられていることを見咎め、何が気遣いだと胸中毒づいた。
 後朝の朝に湯漬けを振る舞うなどと、いったいどこの遊女だ。足の悪い主に夜ごと無体を働いているくせにどの口が抜かすと、あきれ果てた。
 加州清光の感じた違和感。
 この本丸は奇妙だ。表面上は平和的であるのに、どこか殺気に満ちている。殺伐とした空気を身に宿した刀剣が、少なからず居る。それが前の本丸に関連する事のようであるから、記憶のない加州清光には知る手立てがないのだが、本丸に居ながらぎらぎらと目を光らせる刀剣たちは薄気味悪く思えた。
 そしてあの三日月宗近が一番剣呑なのが、また気持ち悪い。
 主に一番寵愛され、まるで情人のように振る舞う本丸の権力者であるくせに、心底心穏やかに過ごしているようには見えないのだ。
 あの男は最初から居た。この本丸に一番最初に居たのが三日月宗近だ。その次に鶴丸国永が現れ、しばし二振だけで出陣していたと聞く。奇妙だ。めったな事では顕現しない三条と五条の刀が、なぜ最初に現れた。
 そして今、幾振もの刀剣が顕現した今でも、何故かあの男だけはいつも主のそばに侍っている。近習というわけでもなく、まるでそれが取り決めであるかのように一番そばに居る。
 守るというのもまた違う。まるで主の一挙手一投足を見張っているかのようなあの目は…恐ろしい。
 後を追うべきかどうか逡巡し、柱の先にこちらを窺うような視線があるのに気づく。
「………なに?」
 鶴丸だった。
「茶を淹れてくれないか?」
 そのくらい自分で淹れろといいかけて、以前盛大に茶葉をまき散らしたのを思い出し渋々急須を用意した。湯のみに淹れて差し出すと足りないと言う。並々に注がれた茶を見て加州清光は訝しんだ。
「そうじゃない。三つ欲しいんだ。三日月の奴め、茶を忘れた」
 その言葉を聞いて清光は目を白黒させた。
「え、だって…今さっき湯漬けを作りに来て」
「碗を二つ載せていった、だろう? 非道いやつだ、自分の事しか考えていないんだ」
 話が見えなかった。三つというのはつまり、自分と三日月と…主の分だと言うのか。
 後朝の朝に三つの湯のみ?
 清光の動揺を笑うかのように、鶴丸が唇の端を吊り上げる。なあ、と囁くような低い声で言う。
「何も不思議なことじゃない。あいつは確かに主のお気に入りだが、最初にこの本丸に居たというだけだ。二番目にここに来た俺だって…十分愛されてる」
 わけが分からなかった。ただ、鶴の名を冠した白銀のこの男も、三日月の夜空のような瞳にあるのと同じ、どす黒い狂気を瞳に浮かべているのだと知った。
 止める手立ても理由もない。
 鶴丸は礼を言って、上機嫌で去っていく。睦み合った恋人の寝顔でも見に行くような…焦がれた顔で。
 加州清光は己の閉ざされた記憶がいつか蘇ってしまう事を、恐ろしく感じた。




end


ついにやってしまった…(笑)
ブラック本丸ネタ、余計な設定を色々足して続きます。