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神さまと約束





 小さな針穴に糸を通しちくちくと。まるでそれが生業のような器用さで、三日月の指先が散らばった反物をつなげていく。
「はぁ…器用だねぇ」
 名人のような手際に思わず加州清光はため息を漏らした。
 刀剣が人の姿を成していることこそ奇妙だが、彼らの中でも一層生活感のないこの男が、こうして器用に繕い物をしている。
 この本丸の三日月宗近は器用なのだ。料理から裁縫から、一昔前の両家の子女のように一通りの事はこなせる。今のように大所帯でなかった頃から、主の世話をしていたからと本人はいうが、果たして反物から羽織を縫い上げるまでの技術が刀剣に必要だったのかと疑問なところだ。
 今縫い上げているのも主の羽織だ。春先だが肌寒いからと、わざわざ薄紅の布を選んで桜の季節だけの羽織を縫っている。
 当の本人は一年中黒い学生服を身に着けているから、三日月の用意する衣類のみがその身に彩りを添える。
 冬ならば雪景色のような白銀を繕い、春ならば桜色、皐月には菖蒲や藤…と、四季折々の花鳥風月に合わせた衣を縫う。一体どれほどの衣装持ちなのか、同じ衣を季節をまたいで着ているのを見たことがない。対する三日月は内番と出陣とで二着ほどしか持っていないというのに。
「まるで奥方だねぇ」
 加州が感嘆と共にこぼすと、三日月は驚いたように顔を上げ、そして心底嬉しそうな顔で笑った。
「そうか。俺は主の奥か」
「なに嬉しいの?」
「敬愛する主の身支度を任せられるのだ。これほど嬉しいことはあるまい」
「そうかなぁ」
 主の役に立てるのは嬉しいが、できれば戦働きで役に立ちたいと思う。自分は刀剣なのだから、むしろそれ以外での賞賛は刀剣としての自分を侮ることにつながるように思えた。
 そのことを伝えると、三日月は笑いながらお前は顕現して間もないから、と言う。
「そう? ヒトの真似事って俺にはちょっと馬鹿らしく思えるけど」
「いずれ慣れる。今の俺は一刀剣であるよりも主の奥であるほうが何倍も良い」
「そうかなぁ。そのうち切ることも忘れちゃわない?」
「それでも構わん。切る代わりに繕うことを覚えたからな」
 三日月との問答に加州は顔をしかめると、主に呼ばれてるからと言ってその場を立った。特に用事があったわけではないが、そのまま三日月と話していたら自分まで刀剣の自覚を失ってしまいそうな気がしたのだ。



 三日ほど後、加州は薄紅の羽織をが羽織っているのを見かけた。ああ出来上がったのかとぼんやり見つめていると、袖に散った花びらの刺繍が増えていることに気づいた。
 てっきり刺繍の入った反物かと思いきや、その一片一片が手製であるらしく更に感嘆が漏れた。
「そのうち布から染め始めるんじゃないか」
 と、同じ方へ視線を向けていた鶴丸がにやにやと笑みを寄越してきた。
「かもね。何もここまで徹底しなくたって…」
 自分だって主は好きだ。だが、三日月のそれはどこか違っている。敬愛という言葉では表現できない生々しい執着が見える。
 こういうものを、何というんだったか…
「呪いだ」
 言葉を探していた加州に鶴丸が心を読んだように答えた。その言葉が妙にすんなりと胸の中へ落ちる。
 ああ、そうか。あの繕うという行為は、呪術に似ているのか。
「想像してみるといい。あのひと縫いひと縫いに三日月の情念が練って織り込まれているんだぜ。それが身体を覆うように被さっているなんて、呪い以外のなんだって言うんだ」
「どうして三日月はそんなことを?」
「さあな。本人は呪ってるつもりはないだろう。むしろ主の事を想って寿いでいるのかもしれない」
 呪いと祝いは表裏一体だ。本来は同じ行為を指したというが…なぜこうも薄紅の衣が禍々しく見えるのか。
「あれだけ側にいても、まだ悋気の向け先があるのかね」
 嘲るような口ぶりで言う。鶴丸の視線の先で、足の悪いの手を三日月が取った。
 見慣れてしまった日常。三日月が主の足の代わりを果たすから不自由はない。三日月は主を軽々と抱えあげて、どこへなりとも連れて行く。
 だが、義足や車椅子や杖はどこへいったのかーーーー
 蔵でホコリを被っていたそれらを、いつの頃から見かけなくなったのだろう。仲睦まじい二人を眺めながら、そんなことを加州はぼんやりと思い浮かべていた。



end


浸月と同設定のブラック本丸でした。
なんやかんやあって三日月も丸くなったけど、
やっぱりヤンデレだったっていうね!