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「どうして私達につきまとうのです?」
 不思議そうな顔で尋ねたドクに、槙島はかねてから用意していた応えを返した。
「君が子供だからだよ」
 ドクはやはり不思議そうな顔をする。
 代理人のではなく、槙島はドクに向かって子供と評した。
 人格たちと会話をするのではなく、ただ驚いたという風にドクはぱちぱちと目を瞬かせた。
 この少女には、そんな風に言ってくれる大人が誰もいなかったのだろう。
「嘘の中で生きる方が楽でいいかい?」




Black Mare25





 次の日の朝、槙島はを近くの公園に誘った。寒いから嫌だというを無理やり連れ出し、ポケットの中に手を突っ込もうとするの手を無理やり繋いだ。
 は制服のスカートの上から、槙島の青いシャツを着ていた。サイズのあわないそれはワンピースのようにも見える。寒いんだよ、と身体を縮こまらせるの肩を抱き、槙島は近所の公園へを連れて行った。
「デートらしいデートというのは初めてかもしれないね」
 どことなく槙島は浮かれていた。
「こんなのはデートじゃない。ただ寒いだけだ」
 は不本意ながらも、びくびくと背筋を震わせて暖を求めるように槙島に寄り添った。
 空は晴れていて、紅葉が青空に映える。金色の落ち葉を踏みしめながら街路樹を二人で歩く姿は、ごくありきたりな恋人たちのようだった。
 公園の中央に立てられた小さなカルーセルから、子供たちの甲高い声が響いていた。柱に付いたゴールデンリングを取ろうと、いっぱいに手を伸ばしながら廻る。
 ぼうっとそれを眺めているに、槙島が尋ねた。
「乗りたい?」
「えっ、いいよ。子供じゃないし」
「恥ずかしがる必要なんてない。さあ」
 槙島は強引に係員にチケットを渡すと、の背をカルーセルに向けて押した。は最初後ろを振り返り振り返りしていたが、回転木馬の盤上に上ると目を輝かせてお気に入りの一頭を見つけた。
 オルゴールのような音楽に合わせ、木馬が動き始める。もまるで子供のように必死に手を伸ばし、ゴールデンリングを掴もうとしていた。
 くるくると廻りながらが必死に手を伸ばす姿は、普段の生意気な口ぶりからは想像出来ないほど、すごく子供じみて見えた。青いシャツをはためかせ、風を受けて旗のようにはためくその光景を、槙島はとても美しいと感じたのだった。
「ああ、僕は幸福だな」
 誰にともなく独り呟く。
 この幸福な景色が、これからもずっと続けばいいのに――――
「彼女にも願わくは幸あらん事を」



 木馬の盤上から降りると、そこに槙島の姿はなかった。
 親に手を引かれ帰って行く子供たちの中で、は自分だけ取り残されたような感覚を覚えた。
「槙島っ」
 ぐるぐると視線を巡らせて、彼を探す。
 どこにも居ない。いつでも鬱陶しいくらい側にいた温度がなくなり、急に不安になる。
「いや……」
 途端に去っていった人たちの姿が脳裏に浮かび上がり、目の奥が熱くなった。胸の鼓動が高鳴って苦しくなる。
 と――――
「誰を探しているのかな?」
 とん、と肩を叩かれた。振り返ったそこにはいつもの、人を喰ったような笑みがある。
「飲み物を買ってきたよ。これで少しは温まると、」
 その言葉を遮るように、は槙島の胸に飛びついた。わけもわからず涙が出て、顔を上げられないまましがみ付く。
「お前っ……勝手に居なくなったりするな。驚くじゃないか。バカ、バカっ、槙島」
「酷い言われようだね。少し外しただけだよ」
「それでも……怖いんだ。最近、色んな人たちが僕を置き去りにして……お願いだよ。お前まで、居なくなっちゃったら、僕は……」
 槙島は少しだけ驚いたように目を見開き――――愛し子を包み込むようにの背を抱く。
「何も恐れる事などないよ。君は誰よりも強いじゃないか」
「そう……かな」
「そうさ。僕は君ほど強い魂の輝きを持つ人間を見たことがない。その輝きを以ってして、何を恐れる事がある?」
「僕の色相が……真っ黒でも? 今この瞬間だって、僕のサイコパスは決して晴れたりしないのに?」
「ああ。心配いらないよ。僕は君に嘘はつかない」
 はすんすんと鼻をすすり上げながら、涙で濡れた顔を拭った。悪い、と照れくさそうに言う。
「なんだかちょっと不安なんだ。どうしてだろう……今日はドクの声を聞いていないからかな?」
 槙島は目を細め、優しげな微笑を浮かべた。
 紅茶の注がれた紙コップをに手渡し、自由になった手での髪を撫でた。顔の輪郭を確かめるように指先を滑らせ、唇の上を何度もなぞる。
 額に、瞼に、鼻に、頬に、唇に、耳に――――キスの雨を降らせ、愛情の限りを尽くす。
「ま、槙島……、公共の場だぞ?」
 は顔を真っ赤にして上ずった声を上げたが、槙島は構わずを背後から抱きしめると、その首筋やうなじにキスマークを残した。優しく、強く、緩急をつけて、愛した印を残す。
 目が回りそうなほどは混乱し、身を縮こまらせる。
……、、どうか僕を忘れないで欲しい」
「槙島?」
「迎えに来るよ。いつか、必ず」
 その時、一陣の風が吹き荒れ、地面に散らばった黄金色の落ち葉を巻き上げた。突風に視界を遮られ、は目を細める。
 そして、
「槙島……?」
 振り返るとそこに、彼の姿はなかった。




end


ライ麦づくしで申し訳ないです。
しかもにわか知識しかなかったり……
何はともあれ次回終章。