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Black Mare22





 しばらくしてから、泉宮寺豊久が死亡したとニュースが流れた。
「あいつ、死んだのか」
 感慨なくが零すと、そうらしいね、と槙島もまた無関心な風で相槌を返した。視線はずっと膝の上に開いた本の書面に注がれている。
 いつもの微笑を浮かべているが、どことなくご機嫌だ。何か新しい玩具を見つけたらしく、それ以外の事は上の空らしい。
「お友達が死んだのにそれだけか」
 は呆れたように呟いたが、槙島は何も答えなかった。もしかしたらの言葉など届いていなかったのかもしれない。それ以来、二人の会話に泉宮寺豊久の名が上がる事はなかった。
「それより、お前たち最近、面白い事をやってるそうじゃないか」
 槙島の書棚の中から、読みかけの漫画を抜き出し、ソファに寝そべるようにしては身体を横たえる。噴出しの中の台詞を流すように読みながら、続けると、槙島がちらりとの方を向いた。
「ドクが言っていたよ。僕らのリミッターみたいな……ヘンテコなヘルメットを作ってるって」
「これの事かな」
 槙島は立ち上がると、部屋の隅に無造作に置かれたヘルメットを手に取り、の前に差し出して。
「ふうん。不細工な面だ」
 はそれをくるくると手の中で回しながら、感想を漏らす。
「着けてみるかい?」
「いいよ。僕はこいつで十分だ」
 はペンダントの形をしたリミッターに触れると、ヘルメットを槙島の方へと突き返した。
「こいつはね、他人のサイマティックスキャンを瞬時に行う道具なんだ。たとえば僕がこいつをかぶると、僕の犯罪係数は666に跳ね上がる」
 はつと、目を細めた。僕の事を言っているのか? と言葉に剣呑な空気が混じる。
「他人のサイコパスをコピーするという例え話さ。これを使って、僕は家畜たちの惰眠を覚まさせてやりたい」
 はふうん、と曖昧な相槌を返すと、もはや興味が失せたのか視線を漫画の方へと戻した。大概自分も飽きやすく自分勝手な方だが、はそれ以上だと槙島は苦笑を漏らした。
 ひょいとの手から漫画を奪い取ると、鬱陶しそうな顔でが顔を上げた。それを無視してソファに片膝を突き、折り重なるようにの上に覆いかぶさる。
「お前……最近、盛り過ぎじゃないか?」
 槙島の指先がのシャツのボタンにかかる。
「人は生命の危機を感じると、子孫を残すために性欲が強まるらしいよ?」
 なんだそれ、とは呆れ顔をしつつも、槙島のするままに身を任せた。
 シャツのボタンが外され、下着を押し上げて、白い双丘に槙島の頭部が埋まる。脳を痺らせるような淡い快感を覚えつつ、乳房を吸うのは男の本能なのだろうかとはぼんやりと思った。
「危機が迫るような、危険な事を?」
 息を弾ませながらが尋ねると、少し笑ったのか胸の辺りに暖かな吐息が触れた。槙島は顔を上げると、子供のように笑う。
「分からないが、少しは退屈を紛らわせてくれると期待している」



 それから数日間、槙島はの前に姿を現さなかった。槙島だけでなく、度々メッセンジャーとして現れるチェ・グソンからもとんと音沙汰がなかった。
 学園の外の世界では、変なヘルメットをかぶった者達が暴徒と化しているらしい。同級の女学生たちはそのニュースを怖がりながらも、どこか他人事のようにそれを眺め、楽しんでいる素振りすらあった。
 外部から隔離された退屈な学園生活を送っていれば、そんな不謹慎な興味も沸くものだろうか。とはいえ、もしその悲劇が自らの身に訪れた時、彼女たちはニュースの画面を他人事のように見つめていた頃の自分を悔いたりするのだろうか、とはぼんやりと思っていた。
 暴徒の一人でも学園に乗り込んでくればいいのに。
 そんな不謹慎な事をもまた考えている内に、しばらくしてその騒動は公安の手により鎮圧された。
 そして、どこかで飛行機が墜落したとか、そんなニュースを耳にした頃――――槙島は再びの元へ帰ってきた。




end


クライマックスに向けてまっしぐら。
666は悪魔の数字とかけた、槙島のシャレのつもり。