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Black Mare13





 酒に酔ったように視界がゆらゆらと揺れた。
 柔らかいソファの上で、は感覚の麻痺した脚を投げ出すように座っている。脚は治してもらったがどこか自分のものではないように感覚を忘れている。上半身も背後から抱きすくめられ身動きが取れない。
「……っ」
 槙島の指先がの首に触れ、長い髪を肩の方へ流すように梳く。露わになった白いうなじに指先が触れ、はびくりと肩を震わせた。
「意外と初心だね」
 揶揄するような声が耳元で囁く。はかっと耳の先を赤くさせると、五月蝿いなと言い返した。
「言っとくけど処女じゃないからな! 調子に乗るな」
「けど、慣れているわけでもない。誤解しないで欲しいが、僕は嬉しいんだよ」
 唇が白いうなじを這って、耳の裏側や首筋に口付けを落とす。そのたびには声にならない声をあげ、びくびくと肩を震わせた。
 背後から回した槙島の手が、ゆっくりとの衣服を外していく。露わになった肩口に口付け、滑らかな背中に舌先を滑らせる。
 次第に大きくなるの呼吸音に、槙島は気を良くした。
 反面、は、
「ああっ、くそ。屈辱だ……男に抱かれるだなんて」
 と、心底悔しそうに呟いた。
 性別が曖昧なにとって、それは複雑な心境なのかもしれない。だが、少なくとも代理人として姿を現した彼女には、抱かれるのではなく、自らが抱く側になるのは無理なような気がした。虚勢を張れば張るほど、彼女は実に女性的に見える。
「君はやはり女性なんじゃないかな?」
 ふるふると震える背を愛撫しながら、槙島の声が低く尋ねる。は知らないよ、とかぶりを振った。
 だが、明らかに男性人格と分かった猟犬とは、やはり反応が異なる。もし少年を抱いたとしたらもしかしたらこんな反応が返ってくるのかもしれないが、はそれよりも女になる事を拒む少女という印象が強かった。
 ドクよりも女性でなく、ガン・ドッグほど男性でもなく、その最中で揺れる未熟な心。
 純粋にこの少女を女にしたい、と思った。
 いつも生意気な口を利く知ったかぶりの子供に、男を見せつけ、めちゃくちゃに翻弄してやりたいと思った。
 それは嗜虐的な嗜好であり、単純な雄の情欲でもあり、純粋な興味でもあった。
 槙島を受け入れた後、はどんな女の顔に変わるのか。それとも変わらずにいるのか、試してみたかった。
「お前……は、僕が女の方が、都合がいいのか?」
 短い吐息を漏らしながら、振り返らずが問う。
「どうだろう」
 応えながら、槙島の前に回した指先がの胸の膨らみを包み込み、その頂を転がすように弄ぶ。甘い嬌声が上がるたび、思わず口付けたくなって首筋に鼻先を埋めた。の反応を見ながら、意味深な答えを返す。
「何者であったとしても、この関係に変わりはないと思うよ」
「は?」
 怪訝な顔で振り返った瞬間、の身体はベッドの上に引き倒されていた。背後から覆いかぶさるように、槙島が身体を重ねる。
「男であっても女であっても、する事に大差ない」
 槙島の長い指先が、まるで楽器を奏でるように巧みに快楽の弦を爪弾く。火照る脳裏で槙島の言葉の意味を考えながら、はほぼ無意識に槙島を詰っていた。
「お前、その言葉、節操、なさすぎ」
「相手は選ぶよ。ただ、君がパートナーならどんな形であれ、こういう事を望んでいたと思う」
「僕が、男でも?」
「たぶんね」
「掘られるのは……勘弁、だなっ」
 戯言を交わしながら、二人の身体からあふれ出した体液が真っ白なシーツに染みを残していく。言葉でなんと言いつくろうと、身体が求めてしまっている証拠だ。
 だが、は今も受け入れられないのか、太ももを伝う愛液を恥ずかしそうに隠そうとする。
「身体というのは不愉快だ。刺激を与えれば反応しちゃうなんて、すごく原始的だ」
 だから大して好きじゃなくてもセックスできちゃうんだよ、とは言い訳しているようにも聞こえた。そして同時に、お前に組み敷かれるのはプライドが赦さないと、言っているようでもあった。
「じゃあ、こうしよう」
 槙島は微笑んで、二人の身体を反転させた。の身体が上になるように導き、自分はクッションを背に寝そべって悠々とを見上げる。
「え」
 突如渡された主導権には大いに困惑した。確かに犯されるという行為は嫌いだ。が、男にまたがって騎上位になったところで、自分が優位に立っている気にはならない。むしろ槙島を喜ばせるだけだ。
 もしかしたらこれで男を犯せる猛者もいるのかもしれないが、明らかにには経験不足だった。
 は顔をしかめたまま黙りこくってしまった。断れば赦してもらえるのかもしれない。が、ああこれは経験がないんだね、と鼻で笑われるのはもっとムカつく。
 槙島の薄い笑みを浮かべた余裕の顔を眺め、は後で泣くなよ! と悔し紛れの強がりを見せた。
 ゆっくりと腰を下ろし、槙島の熱を深く感じる。今まで経験したセックスよりも、自分の動作が快楽に直結している分だけ、能動的な恥ずかしさがあった。まるでディルドで独り遊びをしているような、その痴態を他人に見られているような羞恥が、顔も脳も火照らせていく。
 熱を帯びた目で見やると、こんな時ですら槙島は表情を崩さない。
 余裕で、アルカイックな、真っ白な笑み。
 こっちがこんなにも追い詰められ、混乱し、翻弄されているのに、なんだこいつは――――
 腹が立って、どうにかこの顔を崩してやろうとは腰を早めた。強がっていた顔には女の表情が浮かび、口も目も、体中の熱があふれ出しそうなほどに熱い。
「んっ、馬鹿、お前も……少しは、うご、け」
 途切れ途切れに伝えると、槙島は微笑みながらの頬に手を添えた。生理的に流れ出した涙に触れて、その味を確かめるように舌先を這わす。
「嗚呼、まるで羽化を見ている気分だ」
 に伝わらない感想を漏らすと、槙島は満足げにほうっと溜息をついた。その吐息があまりにも艶めかして、思わず夕重は槙島を締め付けてしまう。
 と、ようやくゆっくりと槙島が振動に加わった。求めるというより、見守るに近いリズムの中で、は槙島に導かれるままに女の快楽を味わった。


「これは……取引、だからな。約束しろ。僕以外の人格に、手出し、しないと」
 絶頂を迎えたばかりのが、呼吸を整えながらそんな事を呟いた。
 両目は熱に潤み、愛欲に濡れた色をしているのに、その奥にはやはり強い意思が宿っている。こんな時にも考えるのは、人格たちのことなのだ。
 槙島はくすりと笑みを零した。
 言われるまでもない。もとより以外の人格に興味など皆無だ。
 槙島は愛おしげにの首筋に口付けを落とすと、もう一度深く繋がろうとの身体を抱きしめた。
 上でも下でも、男でも女でも。なんだっていい。
 ただ欲しいのは一つなのだから。
「約束しよう」




end


約束。取引。契約。
そういう理由があるのは、むしろお互いにとって都合がいいのかもしれない。
ちょいアダルティ回。