Black Mare07
に比べドクは言葉も動作も女性らしさを持っていたが、力は男性並みで、教卓に頭を押し付けられたまま、槙島は拘束を解く事が出来なかった。
もちろん力任せに振りほどけば、反抗できないこともないだろう。が、その場合は、の身体も無傷とはいかない。
どうしたものかと思案しつつ、槙島はこの状況を楽しみ、ドクの言葉を待っていた。
「あなたのお話、あの子の耳を借りて拝聴しましたわ。少し訂正をさせていただくのなら、あの子を怒らせても何も面白い事にはなりませんわよ」
「ほう?」
「あの子も勘違いしているようですけれど、別に私たちが出た瞬間、怒り狂って周りの全てを破壊しつくすというわけではございませんの。代理人なんてやっているせいで、考え方が保守的になってしまったのね」
おそらくこの点についてはドクが正しいのだろう。は自分が代理人として調整を行うが故に、周りの人格に負担をかける事を酷く嫌う節がある。確かにに比べて耐性はないのかもしれないが、それでも思慮があるならば、飛び出した瞬間襲ってくる狂犬というわけではない。
「しかしながら、あなたの行いは褒められる事ではございませんわ。好きな子を虐めて楽しむなんて、まるで子供みたいでしてよ」
「はは、それは悪かったよ。あの子を見ているとついからかいたくなってしまう」
ドクは少しだけ、呆れたような顔をした。仕様のない方、と呟きつつ、槙島の拘束を解く。
だが、相も変わらずその目はまるで曇った硝子のような色をしている。感情が読みづらい。
「あの子の事は、私がうまく説き伏せてさしあげますわ。だから早く仲直りなさい。あの子が奥に引っ込んでしまうと、私達も困ってしまいますの」
「そうだね。に嫌われてしまうのは僕も不本意だ。だが、好きな子のことを知りたいと思うのは、いけない事かな?」
ドクはわずかに目を細めた。
「いけない事ですわ」
はっきりと言い放つ。
「あなたのしようとしているのは、希望の形を確かめるためにパンドラの箱を開けるようなもの。パンドラの箱の底には希望も入っていましたけれど、それと同時にありとあらゆる災厄が放たれもしたのですよ? それは決してプラスマイナスでゼロになる事ではないのです。明らかにマイナスです」
「だが、パンドラは好奇心に勝つ事が出来なかった。決して開けてはならないと言われた箱を開いた瞬間、パンドラはどんな気持ちだっただろう」
ドクは溜息を小さく漏らした。まるで子供ね、と呟いて、
「私はあの子のように調整は得意としませんの。だから開けたいのならどうぞお開けになって? でも、それを開いた後、後悔に苛まれるだろうという事だけは忠告しておきますわ」
箱の中には災厄が――――決して外に出してはいけない悪しきものが詰まっている。
ドクは冷静だった。表情も見えず、わずかに呆れたような素振りをするだけだった。
だが、ここがボーダーなのだろう。を越えた先の、安全を約束された場所はここまでだ。この先に足を踏み入れるのならそれ相応の覚悟が必要であり、同時にを永遠に失う事を意味していた。
引き際か。
「了解した。あの子の泣き顔は好きだが、これ以上泣かせたら嫌われてしまうね」
槙島の言葉に、もう十分拗ねてますわ、と微笑みながらドクが応える。
ともかく一戦交える事無く収まった事に、ドクは満足しているようだったが、槙島は少々物足りなく感じていた。
槙島にとっては興味の中心である。彼女を取り巻くすべての物を知りたいし、彼女を覆うそのすべてを剥ぎ取ってやりたいとも思う。秘密は女を美しくさせるが、男はその秘密を含め自分のものにする事に快楽を覚える。
知りたいという欲望に槙島は抗わない。むしろ己が身をその濁流に委ね、
「君の持つ災厄とは?」
目を細めた槙島の視界の中で、ドクは微笑みながら両の瞳に怒りを浮かべた。
「アンドロギュノスの刑」
ギリシャ神話に綴られる半陰陽の名である。
「私はむやみに人を殺すのは好みませんの。でも、この怒りを鎮めるならば、そうですわね、あなたの身体も女にしてしまいましょうか?」
うふふ、とドクの唇が歪む。
「これでも外科手術は得意ですの。本物とまったく見分けの付かない女性器を作って差し上げますわ。背ももう少し小さくした方がいいですわね。足首くらいまで切ればよろしいかしら? 肩幅も狭めるには、骨を摘めて、角を削った方がいいわ。その喉仏も不要だから摘出しましょう。胸はシリコンなんて入れないわ。ちゃんと本物で、膨らませて差し上げる。あなたお顔は綺麗だから、あまり弄らなくてすみそうね。ひげが濃かったら一本一本抜いてあげたのに」
ふふ、ふふふ、ふふふふ――――
不気味な少女の笑みが、夕陽を満たした放課後の美術室に響き渡る。
「私、麻酔は使わない主義ですの。患者の理想に答えられるように、患者には幹部をしっかり見てもらいますわ。気絶なんて許しませんわよ。何時間でも、じっくり、じっくり、あなたが生まれ変わるところを見せて差し上げますわ」
狂う事も、意識を手放す事も許さない。それがドクの持つ厄、暴いてはいけないものを暴いた者への刑罰。
なるほど、の奥底に眠るパンドラの箱は、確かに触れてはならない禁忌のようだ。
「それは恐ろしいね。参考までに女になった後は?」
くすくすとドクは笑いながら、槙島の問いに答える。決まっているでしょう、と前置きをしつつ、
「女の堕ちる最大の地獄を見せてあげますわ。貴方は男の心を持ちながら、同じ性を持つ者に組み伏され、尊厳という尊厳をめちゃくちゃに穢されるの。ああ、そうね、ちゃんと子供も受胎できるようにしなくちゃ。簡単に狂わないでちょうだいね? あなた殺すのには慣れていても、人を産むのは初めてでしょうし。うふふ、面白いわ。アンドロギュノスの産む子供は、一体何者になるのかしら。うふふ、ふふっ、ふふふふ――――」
今の医学技術を持ってすれば、人間を根本から造り変える事も可能だ。だが、それはあくまでシビュラが許した、“治療”のケースのみでだ。心と身体がマッチすると判断されたケースのみ、シビュラはそれを認可する。
ドクの刑罰のように本来あるものを捻じ曲げ、それをめちゃくちゃに壊すのは反社会的な行為と見なされるだろう。まさに、悪魔の所業だ。
「それは是非とも遠慮したいね。僕は少なくとも、にとっては男でありたい」
槙島の感想に、ドクは満足げに微笑む。
「そうでしょうとも。ですから、どうぞ、余計な真似は為されませんよう。私もあの子からせっかくできたお友達を、取り上げるような事はしたくありませんの」
それでは――――
ドクは制服のスカートを軽く摘み上げると、優雅に礼をして見せ、
「ごきげんよう、槙島先生」
瞬きの後、ドクはすでに消えていた。
ドクの代わりに現れたは憮然とした顔で槙島を睨んでいた。
わかっただろ、と言いたげな顔のまま、広げた筆や絵の具といった道具を無言で片付け始める。
「悪かったね、」
さして詫びいれた様子もないまま、槙島は謝罪を口にしたが、は拗ねているのか口を利こうとしない。そして、無言のままカバンを肩に引っ掛けると、
「少しは懲りろ、バカヤロー」
とんっ、と槙島の肩を押しのけて帰ってしまったのだった。
あんな反応をされては、また変な興味を持ってしまうのに――――やれやれ、と肩をすくめつつ、槙島は笑みを漏らした。
end
同性愛でなく陵辱されるというのは、
かなりえげつないと思います。