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Black Mare04





 槙島聖護が愛の告白めいた言葉を初めてに告げた時、はたいそう驚いてそのまま椅子から転げ落ちた。
「大丈夫かい?」
 すっと身をかがめ伸ばしてきたその手を、反射的に避けてしまった。
 槙島は傷ついた素振りすら見せず、反らされた手を軌道修正して今度こそ確実にの肩を掴んだそっと抱き寄せて、
「愛している」
「わあああああ!」
 擦れた声で囁かれたは耳の先まで真っ赤に染め上げると、尻餅をついたまま壁際まで全速力で後退した。
「おっ、おまっ、何、何いってんだよ!?」
「何とは? 何か変な事を言ったかな」
「なっ、だ、だって、お前! お前、ゲイなのか? 僕が男性人格だって知ってるだろう!」
 の必死の訴えに、槙島は何だそんな事かと言わんばかりに肩をすくめた。
「それは重要な事ではないよ」
「じゅ、重要だ! 少なくとも僕には大切な事だ!」
「なら僕も言わせてもらうが、君は正確には男性人格ではない。どちらなのか君自身も分かっていないと、前に言っていた」
「それは」
「一人称に僕を使うからと言って男だとは限らない。それにこう言っていたのも覚えているよ。“べつに男に抱かれてもいいと思うし、女の子を抱きたいと思う事もある”僕が君を愛しく思うことに問題はないように思うが?」
 はぱくぱく口を動かしながら、空回りする頭で反論の糸口を探す。
「いや……でも……お前、教師じゃないか……僕は……生徒だし……それに、他の人格たちがなんて言うか……」
 混乱の淵に立たされたが、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。他の人格と相談しているのだろうか。やがて、
「お前たち! 他人事だと思って!」
 と声を荒げると、はほとほと困り果てた顔をした。どうやら他の人格たちは思いのほか槙島に好意的だったようだ。
 今にも泣きそうな顔をしているの前に、槙島は膝を下すとすっとの頬に手を添えた。の肩がびくりと跳ね上がる。
「何を怖がっているんだい?」
 挑発的な顔で槙島は唇に笑みを浮かべる。
「嫌なら逃げればいい。迷惑ならそう言ってくれていい。これは君が決める事だ」
「逃げ、る……なんて、僕はそんな弱虫じゃ……」
「じゃあ、戦う? 体術で負けるつもりはないが、嫌なら蹴りの一つでも見舞えばいい」
「それは……僕は、暴力は……」
 言っている間にも、槙島の端麗な顔がゆっくりと近づいてくる。
 槙島の薄い唇が弧を描くように歪んで、くすくすと笑みを零す。妖しく、艶かしい、性別を超越した色気に充てられてしまう。
「では、それが君の選択だ」
 柔らかな感触を受けて、は思わずきつく目を瞑った。
 知識で知るそれよりもずっと優しく、甘美な心地に、は自分の精神がどうにかなってしまいそうだった。目の前の男の色相は自分より遥かにクリアで美しい色をしているはずなのに、自分以上に狡猾で意地悪でとことん人の心を弄ぶ。
 口付けの間、小刻みに震えるの手を、槙島の手は包み込むように握り締めていた。その温かさにはまた、裏切られたように感じたのだった。





「泣くほど嫌だったのかい?」
 長いような短いような口付けの後、の瞳からは知れず透明な涙が零れ落ちていた。
 意外そうな、半分面白がっているような顔の槙島に、は煩いと声を荒げる。
「僕は……生まれてこの方、こんな思いをさせられたのは初めてだ」
「お気に召さなかったかな?」
「ああ、召さないね。僕は……僕は静かに暮らしたいんだ。平穏に。平和に。色相を濁らせる事なく、普通の人のように暮らしたい。なのに……なんで、なんでお前まで僕の心を掻き乱すんだ」
 は悔しそうに、拳の甲でごしごしと涙をぬぐった。そうしているとまるで小学生の男の子のようで、槙島は思わず頬を緩ませた。
「なんで僕なんかを好きなんだよ。お前顔はいいんだから、擦り寄ってくる女なんてはいて捨てるほどいるだろ?」
「捨てるほどいる女に興味は無い。それに君は自分が思っている以上にとても魅力的だよ。ユニークで、強くて、弱くて、そしてとても美しい」
 は顔をしかめ、槙島を睥睨した。
「からかっているのか? 身内目に見てもは美人じゃないぞ?」
「外見の美醜の問題じゃあない。それに僕が愛しているのは君であり、君を含めたではないよ。その色を持つ、ただ一人の君だ」
 何で……、槙島の想像以上の情熱には混乱を極める。
 自分は――――シビュラからこの社会に不適合とされた人間だ。解離性同一性障害というだけでなく、自身の人格の持つ色相は決してシュビュラに赦されない色をしている。闇よりも深い漆黒。それがのもって生まれた色であり、決して晴れることのない心の色だ。
 それを美しいだなんて。あろう事か、免罪体質の男が言うなんて皮肉だ。
「お前は……お前は酷い。醜いアヒルの子を読んだ事があるか? 僕は白鳥にはなれない醜いアヒルの子だ。それをお前が……そんな風に言うなんて」
「なら君は白鳥の湖を観た事があるかな? ブラックスワンになぜ王子は心を奪われたのだろう。オデットの姿をしていたから? 違う。黒を好む人間が居る事を、君はなぜ拒絶する?」
「それは……それは……」
 は辛そうな顔で言葉を失った。
 シビュラの生み出した概念に囚われていたに過ぎない。そんなものに意味はないというのに、その色相によって生まれてしまったは、それを無視する事が出来なかったのだ。自分の色を醜いと思い込み、自分を否定し続けていた。
「ああ、くそっ……まるで女の子みたいじゃないか……」
 は悔しそうに顔を拭うと、槙島の肩に軽く拳を押し付けた。お前のせいだからな、と顔をしかめて、
「僕がもし……フツーの女の子みたいにお前を好きになれたら……その時は好きにさせてやってもいい」
 耳の先まで顔を真っ赤にさせ、精一杯の告白を返す。
 槙島はくつくつと笑みを零すと、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、楽しみにしているよ」
 もっとも僕は君が男だろうと女だろうと、どちらだって構わないけれどね――――そう付け加えて。




end


デレ回を書けて満足です。
槙島センセは両刀っぽいなと思ったり思わなかったり。