Black Mare02
という少女に槙島聖護が出会った時、すでには姿を眩ませていた。
現れたのは代理人と名乗る人物だった。
が色相を誤魔化す特殊なリミッターを用いている事を突きつけると、思いのほかあっさりとリミッターの使用を認め、槙島の質問に素直に答えた。
曰く、自分はリミッターを悪用するつもりはないのだと。
犯罪に手を染めるのでも、悪人の手助けをするのでもなく、ただ自分は今まで通りの毎日を続けられればいいのだと言った。
だからどうか黙っていて欲しい。この事が公安局に知れれば、自分はまた住処を移さなければならなくなる。それはとても面倒で、金も時間も食うし、受験を控えている身としては今、住居不定になるのは困るのだと。
もし、要求を飲み込んでもらえなければ、実力行使に出なければならないのだが、死体の処理も一苦労だし、今は即死系の武器がないので死ぬのに痛い思いをしてもらわなければならないし、何より冬服の制服は一着しか持っていないから血糊でも飛ぶと困ってしまう。
「だから先生、黙っていてくれませんか?」
そう、の代理人は言った。
なんとも失礼な話である。脅しに対して脅しで答えるとは。
だがそれ以上に面白かった。この少女は――――この少女の顔をした人間は、何の動揺も抵抗もなく、槙島聖護を殺すと言った。それは決して冗談などではなく、その理由は驚くほど真面目な学生の回答なのだ。
槙島は新しい玩具を見つけた子供のように笑みを浮かべた。
「なるほど。さすが……サイコパスを真っ黒に濁らせているだけはある」
皮肉を言ったつもりだったが、代理人は怒ることなくただ肩をすくめて見せただけだった。
「仕方がないさ。僕たちはこうしないとまともに生活も送れない、不自由な身の上なんだ」
「ほう、僕、か。それが君の正しい姿なのかな?」
思わず素で口にしてしまった一人称に、代理人はばつの悪そうな顔をした。だが、リミッターの事がバレてしまっている以上、下手な隠し立てをするつもりがないのか、あっさりと自らの事を語ったのだ。
「癖なんだよ。どうも私や俺というのはしっくりこないんだ。だから女子高生の振りをするのは、意外と苦労するんだよ」
「君は男性なのかな?」
「いいや。いや……そうなのかもしれないし、違うのかもしれない。よく分からないんだ。べつに男に抱かれてもいいと思うし、女の子を抱きたいと思う事もある。単にバイなのかもしれないが、一応身体は女だしなぁ」
「なるほど、だいたい君の事が分かったよ」
槙島は呟いて、目を細めて代理人を見据えた。
黒髪のおさげに、細いフレームの眼鏡。制服は皺一つなく、スカートは校則どおりの長さ、美術室の机の上に置いた学校指定のかばんにはキーホルダーの類すらなく、模範の中の模範を通している。
背は高くもなく低くもなく、取り立てて美人というわけでもなく、成績も中の上くらい。教室の後ろのほうの席で、休み時間は静かにボードレールの詩集でも読んでいるのが似合いそうな、静かで地味な、大衆に隠れてしまうような少女。
だが、そんないたって普通の少女であるはずのは、男のような言葉で槙島の質問に答え、今まさに面倒くさそうな顔で槙島の顔を見つめていた。
「お前、そう簡単に分かったりしないでくれよ。これでも上手く化けてたつもりなんだ。傷つく」
「悪かったよ。実際、君の演技は上手かった。だがさすがにその色を隠すのは、難しかったんじゃないかな」
少女ははぁっと溜息をついた。頭のいい奴はこれだから嫌だ、とぶつぶつ言いながら、するりと髪を解き眼鏡を外す。
これ伊達なんだ、と余計な説明を加えてから、
「これでいいか、先生? これ以上は暴こうとしても暴けないんだ。僕はを代表する、人格の一つに過ぎないからな」
end
Black Mareとの出会い。
ありがちですが多重人格者のお話。