R指定ではないですが、内容が下品でシモいです。
問題無い方のみどうぞ。
犯罪係数666
The Gundog
「だからあいつらぜってー狂ってるよ。馬ッ鹿じゃねぇの? 平凡な生活だとか、平和に生きたいとか、んなコトどーでもいいから俺をもっと楽しませろってんだ!」
少女は片手にしたジョッキを仰ぐと、中に注がれた琥珀色の液体を喉を鳴らして盛大に飲み干した。ぷはーっと一世紀昔に生息したサラリーマンのような動作で、唇についた泡を拭う。
となりで小さなグラスを手にしたチェ・グソンは、何でこんな事になったんだと頭痛と共に数時間前の出来事を思い返していた。
その日は荷物運びの日だった。桜霜学園に忍び込み、王陵璃華子に例の液体を渡し帰る道すがら、チェ・グソンはに出会った。
その時のチェ・グソンはの中の人格が誰であるかは分からなかった。ただ、はチェ・グソンを待ち受けていたらしく、彼を見つけると嬉しそうに近づき、そして胸倉を掴み上げるとこう言った。
「な。金持ってるだろ? ちょっとでいいから貸してくんね?」
一世紀どころか二世紀昔の不良のようだった。
事情は分からないが断ると面倒なので、幾分かの電子マネーを渡した。
少女はサンキュと嬉しそうに笑うと、そのまま夜の街に消えて行った ――――
と言うか、消えて行こうとしたところを、チェ・グソンが引き止めた。
正直この少女は苦手なのだが、槙島のお気に入りと知っていながら看過するわけにもいかない。どこへ行くのだと問うと、お前には関係ないと一蹴された。それでもしつこく付きまとうと、短く扇島と返答があった。何のために、さらに聞く。あの辺りは廃棄区画だ。制服姿の少女がふらふらしていて良い場所ではない。
そこまで問い詰めると、少女は振り返り心底嫌そうな顔をチェ・グソンに向けた。
「さっきからグダグダうるせーな。俺がどこへ行こうと勝手だろ? お前は俺の保護者か? 恋人か? 飼い主か?」
そこまでまくし立てられて、ようやく相手が猟犬だと気づいた。チェ・グソンの記録の中で、一番手が早く、沸点も低い交代人格である。
そのまま行かせても良かったのだが ――――
そもそも彼女達に危険などないのだから ――――
、外見が少女なのが妙に気になってこうして扇島くんだりまで付いて来てしまった。
美味い酒を飲める場所に連れて行くから、という条件で。
そういうわけで、猟犬と屋台の店で酒を飲んでいる。本物の酒の悪酔いしそうな味を舌で感じながら、チェ・グソンは小さく溜息をついた。
「んだよ、オッサン辛気くせぇな。メシがまずくなるだろーが」
猟犬はチェ・グソンよりも遥かにオヤジくさい仕草で、皿に乗った肉を口の中にかき込んだ。コスメ・ホロで制服は着替えさせているが、明らかに若い女には不釣合いな言動は、周りの人間に不信感を与えることだろう。
だが、猟犬はそれをまったく意に介さず、美味そうに肉をほお張っている。
信じられない事にこれも本物の肉。しかも、どこの何の肉かはよく分からないという代物である。内臓系のひだひだが付いたのを、食感がたまらんとでも言うように猟犬は片っ端から平らげていく。悪食というレベルではない。
「お嬢さん。その辺にしとかないと、槙島の旦那に嫌われますよ」
「ふん?」
口いっぱいに米をほお張りながら、猟犬が怪訝そうな顔を向ける。
「肉がお嫌いなんですよ。きっと匂いも」
猟犬は咀嚼していたものを飲み込むと、愉快そうに笑った。
「へー、そりゃいい事を聞いた。オヤジ、ホルモン追加だ! こうなりゃ嫌ってほど肉の匂いをつけて、あいつがしばらく近寄れないようにしてやろう」
きしし、と悪戯っ子を邪悪な感じにした顔で笑い、猟犬は意気揚々と追加の肉を注文した。もはやチェ・グソンは溜息すら出なかった。
「だからさぁ、少しは俺の気持ちにもなれよ? 目ぇ覚めたら、裸の槙島が隣りで寝てるとか心臓に悪すぎだろ? 俺、自分が掘られちゃったんじゃねぇかって、後ろの穴確認しちまったもん」
周りを憚る事無く大声で愚痴を放つ猟犬に、チェ・グソンははいはいと適当な相槌を打った。
そりゃ心臓に悪いだろう。猟犬は男性人格なのだから、目覚めた瞬間、同性が裸で隣に寝ていたら驚くのも無理は無い。だが、自分の気持ちを分かれという前に、他人の気持ちを推し量る努力をしてもいいと思う。少なくともチェ・グソンは今、連れの少女が大声で下ネタを話すので気まずくて仕方が無い。
「しかもここだけの話、あいつゴムしねーんだぜ? いくら排卵も中絶もカプセル一つで済む時代だからって、サイテーだよなー」
「はあ……」
「一回さぁ、代理人の振りして赤ちゃんできたらどうしてくれるのよ! って言ってみたんだよ。そしたらなんて言ったと思う? それはそれで面白いね、だぜ? ふざけんなよな、てめぇは種飛ばすだけでいいかもしんねーけど、こっちは産むにしろ堕ろすにしろ覚悟がいるんだよ。あいつ身体は俺達の共有物だって、ぜってー理解してねぇよ」
槙島への(夜の)不満をまくし立てつつ、猟犬は何杯目かになる酒を煽った。
槙島の知られざる顔というのに興味はあるが、大部分は知らなくても良い情報、むしろ聞きたくない。
チェ・グソンがうんざりしていると、ふいに猟犬がぽつりと呟いた。
「ま、本当にそうなったら、それはそれで良いのかもしれねぇけどな」
怪訝な顔をするチェ・グソンに気付かず、猟犬はどこか遠い目をして続ける。
「ガキ産んで、戸籍繋げて、それがあいつの言う平和な生活ってんなら。そしたら俺もお役御免だし。今みてーにキツネ追い掛け回すんじゃなくて、犬小屋で骨かじって寝てられるし」
猟犬はの敵を始末するために在る。それが存在意義であり、彼に与えられた役割。
だが、それを失った後、存在意義を奪われた人格はどこへ行くのだろう。無意識の海で覚めない夢にまどろむのか、それとも水泡のように消えてなくなるのか、それは誰にも分からない。
「自分のガタイがあったらな……。オモチャの犬でもなんでもいいから、俺にも手足があればいいのに」
あーちくしょー、と悪態をついて、猟犬はがしがしと髪の毛をかきむしった。
猟犬の意外な一面にチェ・グソンは驚く。槙島の存在により自分の役割が失われると思っている事、そしてそれを本人が受け入れる覚悟でいる事に。
唇を苦い酒で濡らしながらチェ・グソンは考える。
槙島はもしかしたら人格たちにとって死神のようなものなのかもしれない。孤独により生まれた亡霊は、孤独を失った時に死ぬのか。
槙島はそこまで計算に入れていたのか。そんな事を考えながら、もう一方でチェ・グソンは泉宮寺の所で見た機械仕掛けの犬のことをふと思い出すのだった。
end
猟犬機械化の提案が、実はグソンさんだったらというお話。
ドクも猟犬も槙島の登場によって、役割を失っちゃったしね。