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 それからの日本と言う国は、お世辞にもうまく列強諸国と渡り合ったわけではない。アメリカ、イギリスに続き、フランス、ロシア、オランダとも不平等な条約を結ぶ事となった。そしてその後も次々と列強諸国から同様の条約を突きつけられた。
 国内では幕府の衰退と共に尊王攘夷派が台頭し、安政の大獄、桜田門外の変、薩英戦争、戊辰戦争と国中で火種が上がった。
 激動の時代。国の内外に各々が敵を作り、味方を作り、入り乱れて争ったそんな時代を超えて ―――― 日本はやがて列強と肩を並べる強国へと生まれ変わるのだった。




私達、開国しました02





 その日、アーサーは普段以上に眉をしかめ難しい顔をしていた。
 日本へ来るのは一体いつぶりだろう。あの和親条約から国交が進み、何かと訪れているが穏便な案件でやって来るのは久しぶりな気がする。
 あの条約に続き修好通商条約が結ばれ、ますますイギリスは日本から利権を得ることに成功した。それはアーサーにとって国益を得たという喜ばしい成果だが、逆に菊やとの関係は微妙なものへと変わって行った。
「やっぱ謝っとくべき……か?」
 客船の桟橋を降りながら、アーサーは腕を組んでうんうんと唸り声を上げる。
 今更、生麦事件の話を出すのは変だろうし、薩英戦争は変に突っ込むと上司に怒られそうだし、下関戦争は俺だけのせいじゃないし……
 考えれば考えるほど、どんな顔をして二人に会えばいいのかわからなくなる。支配関係もなく、友人と呼べるよな同盟関係でもなく、少しだけ天秤が傾いてしまったそんな関係を、どんな言葉で保てばいいのだろう。
 そもそも国益を前にして善も悪もあるのかと思う。人間ならいざしらず、自分たちのような国に人間の考える善悪が当てはまるわけがない。国はただそこに存在しているだけで、国が民を支配するのでも、王を名乗るのでもないからだ。
 あの時、アルフレッドが銃を向けたのだって、あいつの民と上司のために、最善だと思えたのかもしれない ――――
「あー、くそっ。やめだ、やめ」
 アーサーは髪をがりがりと掻き毟ると、桟橋を降り待ち人を探した。
 確か菊が迎えに来ると言っていた。こけしみたいな頭を探せばいいのかと人混みを割って歩いていると、ふいに人の波の中からぬっと手が伸びてアーサーの腕をつかんだ。
「見つけた!」
 驚いているアーサーの前に、袴姿の少女が現れた。濃紺の袴にブーツという和洋合わせた出で立ちは、この国の最近の女学生が好んでする服装らしいが、あいにくアーサーに女学生の知り合いなどいない。
「E,Excuse me,Miss?」
 思わず英語で反応すると、少女はくすりと笑みを零した。
「Nice to meet you, how's your trip,Mr Kirkland?」
 正直に驚愕した。少女が流暢な英語で答えたことよりも、アーサーのサーネームを知っていたことに驚いたのだ。
 アーサーの名を知るものはこの国にそう多くはない。政府の要人か、自分のような立場の者。その中で女学生のような装いが似合う知り合いは一人だけだった。
「お、お前……か?」
「はい。お久しぶりです、アーサー様」
「久しぶりって、お前……どうしたんだ?」
「え? 英語間違ってましたか?」
「いや、そうじゃなくて、その格好……お前、前会った時はなんつーかちんまりっていうか……」
 あたふたと慌てるアーサーの前ではきょとんとしている。
 いや、そうだ、これはあり得た事なのだ。アルフレッドが十数年で急激に成長したように、だって遅い成長期が来ただけなのだ。
 何百年もあの姿だったから、ずっとあの女雛の姿のを想像していた。だが、実際には自分たちと同じように、国力をつければ成長する国の一部なのだ。
「い、いや、悪かった、何でもない」
「そうですか?」
 小首を傾げるに、アーサーは大げさなほど手を振って見せた。はそんな様子をくすくすと笑っている。
「な、なんだよ」
「いえ。お変わりないと思って」
「……悪かったな」
「そんな、悪い意味で言ったのではなくて……嬉しかったんです、前と同じアーサー様で。少しだけ、不安でしたから」
 その言葉から、不安を感じていたのは自分ばかりではなかったことを、アーサーは感じた。菊やも同じように感じてくれていたのだという事を、きっと自分は喜んでも良いのだろう。
 照れ隠しに少しだけ眉根を寄せて、
「お、お前は変わったな。最初、誰か分からなかったぞ」
「そうですか?」
 本人は自分の成長に自覚がないのか、不思議そうな顔をしている。
「背、伸びただろう」
「はい」
「それに髪も伸びた」
「そうですね」
「声も高くなったような気がするし、喋り方も落ち着いてるし……それに、き」
「き?」
 アーサーの青い瞳が、の黒髪に釘付けになる。艶やかで真っ直ぐなブルネットは東洋の神秘と呼ぶに相応しい。
「き……れいに……いや、だから、ガキの成長は早いって事だよ!」
「ふふっ、なんですか、もう」
 はくすくすと上品な笑みを零すとふいにあ、と声をあげた。そして、徐にアーサーに顔を寄せる。
「申し訳ごあいません。ご挨拶がまだでした」
 と、済まなそうな顔で告げると、次の瞬間、ちゅっと頬に柔らかなものが触れた。驚いた顔で顔を見合わせると、は少しだけ頬を染めて微笑む。
「西洋風のご挨拶を忘れていました。またお会いできて光栄です、アーサー様」
 決して少なくないの成長に、アーサーは赤面しつつ再び驚くのだった。





end


「ところでお前……西洋風の挨拶なんていつ覚えた」
「え、間違っていたでしょうか?」
「いや、間違っちゃいないが一体誰が教えたんだと思って……」
「ヴェ〜、ー! チャオチャオ、また会いに来ちゃった!  今日も可愛いね、その着物は何ていうのってイギリスゥゥゥゥゥ!?」
「……あいつか」

フェリならきっと教えるよね。