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 初めてあいつに引き合わされた時、俺はこの極東の小国に馬鹿にされてるんじゃないかとさえ疑った。
 ちんまりという表現が正しい。この国の伝統服だとか言う何枚も重ねた着物を着て、膝の前に両手を揃えて深々と頭を下げた。
 ここが日本という国じゃなきゃ、からくり人形か何かとでも思うだろう。雛人形と言うんだったか、あれの女雛にそっくりだ。
 幼い顔に白粉を塗って、紅を引いているのが更に俺に違和感を与えた。
「おい……菊、冗談だろう?」
 この国の人間は皆一様に若く見える。菊だって子どもみたいな面をしちゃいるが俺より年上だ。だが、いくら見た目が若く見えたって、これはガキそのもので ――――
「いえ、私は冗談など何も……」
 ぎょっと驚いた菊に、俺は思わず苦笑を顔に貼り付けたまま言葉を失った。
 そうだ、こいつは冗談なんていわない。ここはそういう国だ。
「じゃあ……」
 ちらりと視線をやると、女雛は緊張でがちがちに身体を強張らせたまま、もう一度膝の前に両手をついた。
「わ、わたくし、本田と申します。日本国の貿易港を始めとする港湾をさせていただいておりまして……そ、その、不束者でございますか、どうぞよろしくお願いいたします!」
 そして大きな声でそう告げると、勢いよく頭を下げ、勢いよくそのまま額を畳にぶち当てたのだった。




私達、開国しました





「申し訳ありません。先にご説明しておくべきでした……」
 菊が頭を下げようとするのを、アーサーは手で制し得心がいったかのようにああ…と呟いた。
 当然といえば当然のこと。国にとってその者の姿形はその者の力を表す。あの小さかったアルフレッドが、国力の急成長と共に急激に大きくなったように、自分たちの姿は人間と同じようには成長しないのだ。
 日本というこの極東の島国は、歴史は長いもののつい最近まで長い鎖国状態にあった。ヨーローッパのような大航海時代を経験したわけでもなく、東洋の海に引きこもって許された数カ国としか外交を行って来なかったのだから、港湾が成長していないのは当然と言えば当然だった。
「とは言えなぁ……」
 赤くなった額を抑えて、泣きそうな顔で俯いている子供を見ると、いざ国交を開こうと意気込んでやって来たのも萎えてしまう。
 アメリカに遅れを取らぬようにと、急いでやって来て見れば外交相手は年端もいかない子供。年季も経験も浅く、客人に無様な姿を晒して今にも羞恥で溶けてしまいそうなほど赤い顔をしている ―――― この場には不相応な、子供だ。
 子供にはいい思い出がない……
 人間じゃないと分かっていても、そんな姿をしているとこちらもつい幼いと手心を加えてしまう。そして痛いしっぺ返しを食らう。
 勢いばかりで、考えなしで、向こう見ずで、生意気で、言う事ばかり一人前な何も知らないガキのくせに、要求だけは一丁前にしてきて ―――― いつか、自分は独りでに育ったのだと言わんばかりの顔で、反抗するのだ。あいつのように。
「菊。まさかお前らの策ってわけじゃあないよなぁ?」
 ふと考えてアーサーは疑問を口にした。
「は?」
「いや……お前、俺とアルフレッドのこと知ってるだろ?」
 え、と呟いてから一拍の後、菊はええええ!? と大げさなほどに驚いて見せた。
「ま、まさかアーサーさん相手にそんな老獪な真似などいたしません!」
 きっぱりと言い放った菊に、だよなぁとアーサーは苦笑を漏らした。事情をよく知らないだけが、二人の間でおろおろとしている。
「悪ぃ、お前がそんな奴じゃないと分かってるんだが、国なんて上司次第だからな。ま、いくら相手がガキでも、俺は外交で手を抜くつもりなんかないが」
 むしろこんな頼りなげな姿を晒しておいて、こいつらは不平等な条約を迫られる心配はないのかとさえ思えてくる。知らぬ仲でもないから口にした。だが相手がもし会ったばかり国だとしたら、ここぞとばかりに自分は日本に不利な条約を迫るだろう。
 相手はただの子供。力も経験もない、世間知らずの箱入り娘。ならば、日本という国ともども甘い汁を絞ってやろうと思うのは、列強諸国であればしごく当然の事だった。
「ああ、だからか……」
 ふいに脳裏にあの男の顔が思い浮かぶ。ふてぶてしくて、生意気な、あいつの。
「アメリカとのあの条約、少し不思議に感じていたんだ」
 鎖国を続けていた日本がついに折れ、迎え入れた国。しかも二国が交わした条約は、驚くほどアメリカに有利に出来ている。誰が見ても不平等な条約だ。それは単純に、力の差が現れたのだ。
「それは……」
 菊は言葉を濁す。当然だ、一つの国として他国からの指摘をやすやすと受け入れられるはずがない。
 だが、事実。国を閉じている長い年月が、の成長を妨げた。
「無理すんなよ。俺だって島国だぜ? 海との付き合いは長い」
 俺んちの港はもっと強い、もっとデカい。
 それを口にしなかったのは、人間でなかったとしてもが少女の姿をしていたからだ。国相手に情けをかけるわけではないが、女性を傷つけるのは紳士のする事じゃない。
「菊。和親条約の話はお前の上司も同席するんだろ? なら、俺とお前と上司たちだけで十分だ。あんな話はガキでも女性に聞かせるべきじゃない」
「ですが……この子は大丈夫です。アーサーさんが不安に思われるのもごもっともですが、見かけほど若くも柔でもありません! こんな姿ですが、交易は昔から経験させています」
「昔から? そりゃ何百年前の話だよ。今は時代が違う。国と国が言葉と条約で戦うんだぞ? 結果によっては、身体の一部が引き裂かれるかもしれない。お嬢さんには酷だ」
「それは……」
 今度こそ菊は言葉を失った。アーサーの言葉は正しい。が国の顔として、異国と国交を行っていたのはゆうに二百年も前の事なのだ。
 欧州の国々とのやり取りなどわずかだった。あの頃は綿で首を絞めるように圧力をかけて、無理やり開港させるなど想像も及ばなかった。
「待ってください! わたくしなら平気です! アメリカさんともちゃんとお話を出来ました!」
 言葉を失った祖父に代わり、が懇願するように前に身を乗り出した。
 アーサーはわずかに眉根をしかめる。胸中では舌打ちを打ち、毒づいていた。
 こちらが好意で言ってやっているというのに、それでも国という矜恃が大切か。
「……話ってなんだ? あんな条約を結ばせておいて」
「それは……時勢というものがございます。仕方がなかったのです」
「仕方が無い? 国益を大きく損なっておきながら?」
「ええ。それでも……前に進むしかなかいのです。仮に百害あったとしても、やがてそれが利となる時が来ます。私がしてみます!」
 アーサーは薄く笑った。幼い少女の大言が、昔誰かの言った言葉と重なった。
「言うじゃないか、いっぱしの国みたいに。じゃあお前はどうなんだ? 勝手に身体を開かれて、勝手に異国の船に乗り入れられて。それでもお前は……」
 言いかけた瞬間、パンッと渇いた音が響いた。痛みは熱と共に訪れた。
 アーサーの右頬を打ったその手を、まるで自分が痛いとでも言うように、はもう一方の手でさすった。
「てめぇ、なにしやが……!」
 反射的に声を荒げたが、ぼろぼろと零れる少女の涙に思わず続く言葉を呑み込む。
「あ……」
 痛くないはずがない。無理やり外に引っ張り出され、何もなかった農村に港を開き、長く閉じられていた港町に勝手に押し入られ。痛くなかったはずがない。
 君主を戴き、民を守る者であるならば、そんな屈辱に誇りを穢されぬはずがないのだ。
「悪い……言い過ぎた」
 たかが子供と侮った相手に、本気になってしまった事をアーサーは恥じた。自分はまだ海賊時代が抜け切らぬのだと、己を省みて反省していると、は涙をぬぐい首を横に振った。
 いえ、と呟いたので、てっきり許しの言葉かと思いきや、
「アーサー様はぜんっぜん紳士ではございませんのね! これならアルフレッド様の方がよっぽど紳士でございました」
 子供にしては辛辣すぎる反撃が、アーサーを襲ったのだった。
 


「あのクソガキゆるさねぇ! ぜったい不平等条約結んでやるからなぁぁぁぁぁ!!」
 そして時代は日英修交通商条約へ。

end


開国直後の日本とイギリス。
今回、アーサーが来たのは日英約定を結びに来たためですが、
アメリカが不平等条約を結ぶや否や同条件を迫るようになります。
生麦事件とか、薩英戦争とかで何かと因縁のあるお方。