愛しい、愛しい05
「プーちゃんはおバカやんなぁ」
と悪友と呼ぶべき素晴らしき腐れ縁の友は言い放った。
「そんなの昔っからじゃない。戦術以外の謀は大概裏目に出るんだよねぇ、この子」
と、もう一人の悪友が自分そっちのけに同意する。騒がしいバーの一階、いつの間にか加わっていたフランスも交え、プロイセンはスペインと共に新たに運ばれたジョッキに手をかける。
そりゃあ確かにあれは良くなかったかもしれない。やる事なすことすべて裏目に出てしまっていたのだから。
だが、ああいう厄介なものを前にしたら、守るべき者を持つものは同じ行動に出たはずだ。とにかく、アレに近づけてはならないと思うに違いない。
「まぁ、お兄さんも分からなくもないけどねぇ。カナダがあの娘に会おうとしたら、全力で阻止したかも」
もっとも実際に阻止したのはイギリスで、その頃にはフランスのカナダにおける影響力はなくなっていたのだが。
「カナちゃんなら素直に聞いてくれるからええやん。ロマなんて、こんなベッラが魔女なはずねぇだろ! ってナポリタントルネードかましてきおったで」
親の心子知らずや、などとスペインは嘆くが、それは普段からの行いの悪さではないだろうか。もっともロマーノがスペインの庇護にあった頃はしっかり彼が守っていたため、ロマーノがと出会うのはそれよりずっと後の事である。もしかしたら、ドイツが彼女に出会うより後かもしれない。イタリアもきっと同様だろう。
しかしねぇ、とフランスは独りだけ頼んだワイングラスを傾けて、しみじみと呟く。
「日本んとこのあの頃の上司も、意地が悪いよねぇ。そりゃあうちのだって多かれ少なかれ、そういう役割の子はいたけど。それでも主要港に枕営業させようなんて、そこまでお兄さん鬼にはなれないよ」
「うちもなぁ。もしロマにそんな事させるはめになったらって思たら、親分泣けてまうわー」
「たり前だろ。ヴェストにんな事させる奴がいたら……たぶん殺してたな」
するりと本音が漏れて、フランスがぎょっと目を見張った。スペインはプーちゃん怖いわぁなどと茶化しながら、細めた目の奥でプロイセンのこわばった顔を見ている。
「まあ、他人の俺らが人様の事情にあれこれ言うてもしゃーないやん」
「そうそう、昔のこと昔のこと」
そう言って酒と共に流してしまおうとする二人だったが、思いの外プロイセンは乗っては来なかった。普段おちゃらけているくせに、根は真面目だから考えだすと面倒くさい。
国やそれに連なる者たちのことを真面目に考えてはいけないのだ。真面目に考えれば考える程、答えの出ない深みにハマっていってしまうのだから。
国に普通の貞操観念を問うてどうする。国に普通の恋愛観を求めてどうする、と。
要望があれば誰にでも抱かれるし、誰でも抱くし、老いも若きも男も女も、快楽よりもその行為そのものに意味を見出そうとするだろう。そして、その快楽も厄介な事に彼らの身体は求めてしまうのだ。そこだけは人間と同じようにできているという何とも神様に文句を言いたくなるような煩わしさ、つまり性の処理が必要になるという事だ。もし番う相手を見つけられるならば、誰か一人を見つける事ができれば、それはすごく幸福な事だ。
だが、自分たちは国で、自分以外の誰かと共に永遠に歩むことは出来ない。百年の同盟も、一度条約が破棄されれば白紙に戻され、愛すべき伴侶は憎むべき敵に変わる。最も愛する自国民に手など出せるはずもなく、悶々と乾くような欲望を抱える。一体これは何の罰だろう?
人間の振りをして女を抱くことも出来るが、大概それをやると虚しさが残るので、徐々に自分と同じような者しか相手にしなくなるのだ。だからこそ、政府公認の国専用の公娼というものが生まれる。それはやがて他国との接点が多い港街へと集められ、やがて港湾の化身がそれを兼ねるようになる。それは至極、当然の成り行き。
だが、のケースはそれとは多少異なる。は公娼と、外交の顔役という二つの顔を持っていたからだ。遊びで終わらせるには硬すぎる、儀式で片付けるには柔らかすぎる。一度の逢瀬で終わらせる事が出来ない関係に、心のバランスを失ってしまうのだ。
面倒なことに人と同じ形の国たちには恋愛をする心などというものもあるわけで、との関係はそれを錯覚させるのに最適だった。もしが一介の港街でいてくれたら、もっと楽に恋愛を楽しめただろう。もしが国の化身だったら、端から疑ってお遊びのじゃれあいに興じれたはずだ。
そのどちらでもなく、そのどちらでもある逢瀬はただ苦しいだけだ。自分の中でどのようにそれを処理すればいいのかわからず、大抵の国は扱いに困る。身分が伴うだけに完全に拒み切ることも出来ず、同時に溺れるには危なすぎる罠だった。
「誰があんなのに本気になるかってんだよ」
ビールを喉の奥に流しながら、プロイセンは独り言つ。
意識的であるにしろ、無意識であるにしろあれが魔性であった事には違わない。自国の事を一番に考えるべき国に、それ以外の意識を植え付けるなど魔女の所業だ。本人はどうあれ、あの時の日本の上司は明らかにそれで心を揺さぶる算段でいた。
だから近づけさせたくなかったのだ。魔女は心を弄ぶから。
「まー、でも、ドイツの事はプーちゃんが悪かったんちゃう? 普通に国と港として出会わさせとけば、そこまで悪化せぇへんかったで?」
「わっ、馬鹿。本当のことハッキリ言わないの」
スペインとフランスの容赦無い言葉が、さくっとプロイセンの頭に突き刺さった。
「ガキん時は大人の女に無闇にドキドキするもんやし。ちゃんにドイツの筆おろしでも頼んどけば、それで済んだ話やんなぁ」
「んな事、出来るか! スパイみたいな女にヴェストの初物をやれるか!」
「え〜、大人になったらきっとええ思い出やで? 何事も経験やって、これ親分のワンポイントアドバイスな」
「いらねぇよ!」
いつになく空気を読まないスペインに、プロイセンはぜえぜえと肩で息を切らしながらツッコミを入れる。どうせお前だってロマーノが同じ境遇にあれば、俺と同じ間違いをするくせに。そんな意図を込めて睨みつければ、スペインは飄々と笑うばかり。
「ほんまプーちゃんはおバカやんなぁ」
笑顔の裏に本音を隠して。
――――
親分かて、弱音吐けるなら何もかも吐きつくしたいわ。
end
親分の口調、間違っているような気ががががが