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愛しい、愛しい





 誰かの名誉ある独立が誰かの傷跡となったように、歴史を刻むという行為は時に誰かの望まざる願いの上に成り立つ事がある。
 それが善であるか悪であるかという二元論的な討論は自分たちには無意味だ。それは人間たちが、その時、あるいはそれが歴史と呼ぶべき遥かな過去になった時に語ればいい。
 少なくとも自分たちのような存在が、あれが悪かった、ああすれば良かったなどと口にしてはならないのだ。時に愚痴りたくなったその時は、自分と似たような境遇の者を酒場に誘って、ビールと下らない馬鹿話と共に流してしまうのが良い。
 国の意思などというものは、他国の者は元より、自国の者にさえ聞かせてはならないのだから。
「それでも……どうして俺たちには後悔なんてものがあるんだろうね」
 珍しく彼の若き大国が欧州勢の飲みに付き合ってくれたと思いきや、最初のジョッキを飲み干してすぐさまこれだ。
「あの時ああしてたら、あの娘は……なんて」
 と、幾分酔いが回ったような顔で溜息をつく。
「なによお前らしくない。失恋話ならいくらでも、おにーさんが聞いてあげるよ?」
 にやにやといやらしい顔をしながら、妙に色気ある上目遣いで見やったのは世界のお兄さんを自称するフランス。フランスの言葉に思わずビールを吹き出し、アメリカが失恋!? と目を白黒させているのは過保護な元兄イギリスだ。
 二人のそれぞれの反応を鬱陶しそうに睨めつけながら、アメリカは唇を尖らせる。
「五月蝿いな。俺だってもう子供じゃないんだから、好きな娘くらい居て当然だろう」
「ほ〜。で、いつもみたいに強引に迫って嫌われちゃったわけね」
「べつに嫌われてなんかいないよ! ただ……」
「ちょ、待て、待て! 初耳だぞ!? 相手はどこの誰だ? ちゃんとお前につり合う女なんだろうな!」
 オッサン ―――― と二人の事を呼べるのはアメリカくらいだが ―――― 二人の言葉に、アメリカはやっぱり言わなきゃ良かったと早々に後悔した。
 こんな弱音は自国の人間に吐けないし、なら誰に言えば差し支えないかと考えたら、真っ先にこの二人が思い浮かんだ。遠慮がいらないという理由で本人は選んだつもりだが、それだけ気心知れて甘えられる存在なのだという自覚がアメリカにはない。
「まあまあ、いいじゃない。酔ったついでに吐いちゃいなよ」
 どうせ明日には忘れるんだし、と後押しの一言を添えて、フランスはアメリカの顔からテキサスを抜き取った。アメリカはアルコールで赤くなった目元でフランスを睨み、その手から眼鏡を奪い返すと自分の胸ポケットに仕舞う。
「なんかさ……愛されてるって思うんだよ。いつも俺の好きなもの用意してくれるし、俺の意見には反対しないし、俺のこと何より優先してくれるし」
「あらら、なによ。のろけ?」
「くそ、爆発しやがれ。アメリカのバカやろう」
 今まで相談してもらえなかった恨みか、ジョッキを片手に若干パブりつつイギリスが毒を吐く。それをまるっと無視して、アメリカは首を横に振る。
「たぶん幸せだし、たぶんすごく愛されてる。これってすごく嬉しいはずの事なんだよね? でも……時々、一方通行だって感じる」
「はっはーん。自分だけ相手のこと好きかもって思うわけだ。それで不安になっちゃうわけね」
 若いねぇ、とからかわれてアメリカは頬を膨らませてジョッキを煽った。たくさん飲んだわけではないのに、すでに呂律が怪しくなりつつある。
「確かに出会った時から強引だったかもしれないけど……怖い思いさせたかもしれないけど、それでも俺……手に入れたいって思ったから……あのままじゃ、他の奴に攫われちゃうって思って」
「そりゃまあ、ずいぶんご執心だこと。で、相手はどこのご令嬢?」
「そうだ! 言え! 俺に黙って交際なんて許さねぇぞ!」
 泣きが入りつつあるイギリスを面倒臭そうに眺め、言えるはずないじゃないか、とアメリカは小さく呟く。
「あ゛? ここまで来てなに勿体つけてんだよ」
「あーもう、坊ちゃんうるさい。じゃあ、どんな子? それならいいでしょ」
 イギリスを適当に宥めつつ、フランスはうまくアメリカを誘導する。アメリカはカウンターに突っ伏してしばし葛藤するような間を置いてから、ぽつりぽつりと語った。
「年上。たぶん、けっこう上」
「ふーん?」
 アメリカ国内のやつじゃないのかと、フランスは密かに対象を絞りつつ先を促した。国という身分である以上、人間は相手にできない。そうなると相手は自分たちのような国や、それに準ずる者達だが、一番手元に近い自国の者ではないようだ。
「性格は、大人しいかな。あんまり主張とかしない。でも芯の通った強い子で、いざって時はすごくカッコイイ」
 カッコイイとは面白い単語が出てきたものだが、だからこそこの天下無敵であるはずのアメリカが惹かれ、柄になく不安になったりするのだろうか。
「それと、すごく優しいんだ。優しくて、誰にも優しくて、俺はたまにそれが堪らなくなるよ……」
「アメリカ」
「俺だけじゃ……ないんだ。大切なのきっと俺だけじゃない。誰かを選んだりは出来ないって言ってた、それが自分の仕事だからって、俺それでもいいって言ったんだ、それでもいいから何分の幾つでもいいから君が欲しいって……」
「アメリカ、お前それって」
 アメリカの想い人に思い当たり、フランスは思わず言葉を遮ってしまった。
 ああ、そういうことか。それは、叶わない。叶うはずがない。なぜならフランスもイギリスも、そのうちの何分の一なのだと、彼は気づいてしまったのだ。
 だが、
「アメリカァァァ! くそ、どこのビッチだそのクソ女! 俺が今すぐ行ってほあた☆してや、」
「あー、坊ちゃん、うるさい!」
 べちんとフランスに後頭部を叩かれ、イギリスがカウンターの上に潰れた。すぐさま起き上がり、海賊モードになってフランスの胸ぐらをつかみあげるイギリス。あまりの下らなさにアメリカは、声を上げて笑い出した。
 わずかに染まった目元をこすり上げて、顔を洗ってくるよと立ち上がる。そうしてアメリカが十分に遠ざかったのを見守ってから、フランスはため息と共にイギリスを罵倒した。
「ほんっとお前ってば、不器用なのは料理の腕だけにしてよね」
「ああ?」
「あいつの気持ちもかんがえないで」
「な、なんだよ、俺はただアメリカがどっかの女に傷つけられるのが我慢出来なくて……!」
「傷つけてんのその子だけじゃないでしょ。俺も、当然お前もね」
「はあ?」
 顔をしかめたイギリスに、フランスは真面目な顔で問いかける。不器用なのは都合が良すぎると、どこかイギリスを責めるような口調で。
『私はどなたのものにもなれません。この国を訪れる人の、良き友であり、良き妻であり、良き理解者であろうとするだけです』
「こんなコトいう子、お兄さん一人だけ思い浮かぶんだけどな」
『それでも良いと仰ってくださるのなら、わたくしは貴方様の一時の妻となりましょう。貴方様が望まれるなら一時の夢を共にし、甘い果実を捧げ、温かい褥をご用意しましょう』
 目を見開いたイギリスに、フランスは苦笑を浮かべる。
 嗚呼、全くもって ――――
 誰かの蜜月の如き同盟が、誰かにとって茨のような苦悩の日々であるように、歴史を刻むという行為は時に誰かの望まざる願いの上に成り立つ事がある。



end


例の如く人とは異なる恋愛観を持ってる設定。
千年以上生きている彼らは、
同性とも異性とも付き合ったり離れたりを繰り返してます。