泥濘の海05
「本田と申します。不束者ですが以後お見知り置きを」
菊によく似た小柄な少女だった。日本の一部であるのだから顔かたちが似ているのは当たり前。並んで座っていると、どこかで見た日本の雛人形とやらにそっくりだった。
こんな子供が一国の外交を司るのかと呆れ、同時に嘲笑を浮かべた。弱小国にはなりたくないものだ。こんな頼りない子供に自分たちの命運を委ねなければならないなど、国民が哀れだろうに、と。
傷ひとつないような整った顔を見ていると、体中の古傷が疼いて苛立った。二百年もこいつが自国に引き篭っていた間、自分は世界中を敵に暴れまわっていたのだ。フランスを屠り、スペインを蹴破り、世界中に種子を放つ如く英領を広めて来た。そんな争いの歴史と言わんばかりの二百年を、この娘はぬくぬくと暖かな温室でただ穏やかに過ごしていたのだと思うと。
ああ、苛立って仕方がない。
「なあ、お前。アルフレッドの野郎に、無理やり開港させられたって本当か?」
下卑た顔で嘲り混じりに揶揄する。
顔を真赤にして泣きそうな顔で俯向けばいいものを、は一瞬わずかに目を見開いただけですぐさま平常の顔に戻った。
「ええ。それが何か?」
なんと可愛くない返答だろう。
「二百年も引きこもってたんじゃ、さぞや開港するのは大変だったろうなぁ。下田と函館、二港も同時に。やり方は覚えていたのかよ?」
低俗な表現を混ぜてさらに煽る。
だが、の表情に動揺はない。
「ご心配なく。不肖日本国が第一貿易港、その手の事は心得ております」
「ハッ、お手の物ってか? ビッチが」
ついに婉曲表現などではなく直接的な罵倒が口をついた。
だが、小生意気な小娘は氷の仮面を外すことなく、
「どうとでも。私は私の役割を果たしたに過ぎません」
あくまで国際港の姿勢を崩さず、アーサーを更に苛立たせる。
痛かっただろうに、血も出ただろうに、それをおくびにも出さない強かさに、自分がどんどん墓穴を掘りつつあるにもかかわらずもはや退くなどできなくなっていた。
「じゃあ、俺とも寝れるよな?」
胸ぐらを掴みあげ、正面から睨み据える。
とても紳士の言動ではない。海賊時代に戻ったように、殺伐とした心地が胸を満たした。
「大英帝国様が相手になってやるって言ってるんだ。光栄に思えよ」
が喚いて、泣いて、拒んで、許しを請えばそれで溜飲も下がったのだろう。
だが、彼女はただ涼やかな瞳で、
「どうぞ好きになさいませ」
まるですべてを達観したような言葉についに我慢ができなくなり、アーサーは噛み付くようにの唇を奪った。
しとしとと降り注ぐ雨はロンドンのそれを思い出させる。
口に加えた煙草からゆるりゆるりと立ち上る紫煙。憂鬱な灰色の空と同じそれを眺めながら、アーサーはささくれだった気持ちのぶつけ先を失っていた。
引きずり倒して、無理矢理に着物を剥いだ。脱がし方が良くわからなかったから、半ば破り捨てるようにその白い身体を求めた。
絹地の向こうに見つけた白い背は、思いの外傷ついており一瞬彼をどきりとさせる。そして、次の瞬間それが闘争によって生まれた銃創や刀傷ではなく、情事によって生じた男の痕だと気づき、ぞくりと背筋が震えた。
アーサーが意識していた以上に、多くの国がこの国を狙っている。ヨーロッパ中の国々が、アジアが、この背を抱き、爪あとを残していった。
哀れに思ったのは一瞬で、すぐに嫉妬に火がついた。
こいつは、この国は、他国の相手をする傍ら、この俺と容易く寝るのか。この俺を、大英帝国を、手玉に取るつもりで? たかだか極東の小国が!
怒りは嗜虐的な情欲につながり、すべての痕を掻き毟るように酷い方法で身体を結んだ。
紳士の名を一時忘れ、まるで強姦魔のように、ただ性欲を放つだめだけに行為に耽った。
「どうせお前も好きなんだろ? こうやって他国に踏みにじられのが気持ちよくて仕方ないんだろ?」
ビッチが。クソが。なんとか言えよ。まだ足りないのか?
セックスをしているのに、まるで自慰のように手応えがない。ただ気持ちがいいばかりで、満たされない。射精後の虚脱感に苛立ちがさらに募る。まるで自分を見ない空虚なの瞳に、怒りばかりを覚える。
嗚呼、こんな事をしたいわけではないのに。
どうして、こんな、酷い事しか出来ないのかーーー
結局、が意識を手放すと共に、逃げるようにその場を辞した。紳士の証であるはずのジャケットとネクタイを、くしゃくしゃにしたまま手に掴んで。
ああ、くそ、かっこうわりぃーーー
「アーサー!」
その時、ふいに名を呼ばれてアーサーは顔を呼ばれた。
傘をさす事も忘れつかつかとブーツのかかとを鳴らし、アルフレッドがこちらに迫ってくる。あいつも日本に居たのかとぼんやりと思っていると、眼前に迫った瞬間、強靭な拳がアーサーを襲った。
「っつ、なんだよいきなり」
それを僅かな動作で避けて、アーサーはアルフレッドの顔を見上げる。そして、彼の表情を視認し、答えを待つ前になるほどと得心する。
「ああ、悪いな。これで本当の兄弟だ」
「アーサー!」
にやりと口角を釣り上げると、アルフレッドは怒りを爆発させるように彼の名を呼んだ。
「君は……何をしているのか分かっているのかい?」
そんな事、おまえに問われるまでもない。
苛立ちを胸の奥に隠し、揶揄するように言ってやる。
「何って? 幼気な少女を強姦したことか?」
「君ってやつは! 見損なったよ! それが紳士のすることかい!?」
「嫌なら拒めばいいんだよ。それを何も言わないんだから、食われたって文句ないだろ?」
「そんな事……今の日本がイギリス相手に強行に出れると思っているのかい?」
「まあな」
拒んだところで、銃口を突きつけて無理やり犯すだけだ。そんな物は無駄だと言った自分が理解している。国力が違う。日本が生き残るのに、拒む選択肢などない。
「オーケー。君は知っていて、にそんな酷い事をしたんだね?」
「そうだな」
「君を軽蔑する」
アルフレッドの冷ややかな視線。唯でさえの事で苛立っているのに、お前まで俺を煩わせないでくれと思わずため息を付いた。ため息と共に苛立ちが攻撃的な何かに変わって、矛先を向ける。
「なぁ、アルフレッド。お前がそれを言うのか?」
「は?」
アルフレッドは訳がわからないと言った顔で、眉根をしかめた。鈍感なところは小さい頃のままだ。
そういう何も知らない子供を甚振るのは、趣味じゃないんだがーーー独立したんだから、文句は言うなよ?
「お前が俺を軽蔑するのなら、俺はお前を軽蔑する」
「あ……」
ようやくアーサーの言わんとしている事に思い当たり、アルフレッドは顔色を失った。
なんて分かりやすい。これじゃあ、攻めてくださいと言っているようなものだ。
「この国を開国させたのは誰だ? この国を列強諸国の脅威に晒したのは?」
「違う……俺は、」
「上司に言われたから? 国として仕方がなかったから? 言い訳するなよ、アルフレッド。お前ももう子供じゃないんだ。お前が……」
「……っ」
「お前がを犯した」
アルフレッドは咄嗟に手でアーサーの口を覆った。そうすれば吐き出された言葉がなかったものとなるかのように。そんな事はあり得ないのに。まるで子供のように。
アーサーはゆっくりとアルフレッドの手を引き剥がし、勝者の冷ややかな視線でアルフレッドを見やる。
トドメだ。馬鹿野郎。
「酷く、無慈悲に、お前があの子供を犯したんだ。とてもヒーローのすることじゃないよな……なあ、合衆国殿?」
アルフレッドはずるりと崩れ落ちるように、膝をついた。
今度はお前が罪悪感に苛まれろーーー
end
条約締結前のお話。
相変わらず爛れた関係。
同盟結んだりするまで、英はツンばかりだと思う。