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!CAUTION!
微妙に史実ネタ含みます。
アーサーが悪者枠。十九世紀後半なので王耀と犬猿の仲。
大丈夫な方のみお進みください。



















俺だけの君でいて ver.中国





 初めは何も知らなかった。世界を知らない小さな子供。それが王耀の中のの姿だった。
 造船の技術や航海術が確立するまでは、いつも会う時は自分が赴いた。珍しい物をたくさん土産に持って、船を渡り彼の国に向かう。
 入港するや否や、砂浜から駆けてくる小さな人影が視界に入り思わず頬が緩む。
『文をもらってから毎日浜辺に通っていたんですよ。貴方が来るのがよっぽど楽しみだったのでしょう』
 菊がくすくすと笑ながらそう漏らすと、は恥ずかしがって菊の後ろに隠れてしまった。
 恥ずかしがり屋の、はにかみ屋。だが、好奇心旺盛で王耀の語る異国の話を何よりも喜んだ。きらきらと目を輝かせ、まるで夢見るような顔をする。
『叔叔、私もいつかそこへ行けますか?』
 の問いに王耀はいつも同じ答えを返す。
『モチロンある。今はまだおチビさんあるが、いつか大きくなったら我や我よりも遠くの国にいけるある。だからいっぱい食べて、早く大っきくなるあるよ』
 いかだに帆を張ったようなこの国の造船技術では、大海はおろか王耀の国に行くのも今は困難だった。だが、いつかもっと早く、安全な船の造船方法を編み出したら、一番にに教えてやろうと思っていた。
 それで一緒に世界を旅するのだ。王耀が聞かせた異国の光景をその目に見たとき、きっとこの子の瞳は最高の輝きを放つに違いない。
 その日の事が王耀は本当に楽しみだったのだ。



 そして時は流れ十九世紀末、日本。
 胸糞悪い奴に会ったある、とその顔が言っていた。
 相対する自称英国紳士殿は、なんだその面と言わんばかりに顔をしかめた。
「なんでてめぇがここにいんだよ」
「うるさいあへん。我は呼ばれたから来たあへん。さっさとどこか行けあへん」
 邪見にされてアーサーは舌打ちを漏らすが、王耀の耳はそれを聞かなかった事にした。まるで存在ごと無視するような態度に苛立ち、何見てんだよ、と王耀の視線を遮るように立つ。
「っ、邪魔ある」
「あぁ? 大英帝国様にどのクチがほざきやがる。だいたい四千歳のくそジジイのくせに、小娘に呼ばれて喜んでんじゃねぇよ」
「うるせぇあるよ。小鬼」
 王耀は毒々しく呟くと、海賊時代のような顔ですごむアーサーを冷めた目でみあげた。
 たかだか数十年の付き合いのくせに、何を偉そうにと胸中で呟く。こんな極東まで欧州の奴らに会うなんてやはり日本の開国は間違っていたと、溜息が漏れそうになった。
 王耀は反対だった。国を開くという事は、外からの脅威を同時に迎えるという事だ。何も知らないが、それに対抗する術を持たないように、鎖国を続けていた菊にそれを拒む力はなかった。
 案の定、開国したばかりの日本は、不平等条約ばかり結ばされていた。一体いくつの国にが身体を開いたのかと嘆いた。
 もし自分に力があれば守ってやれたのに ―――― 己の無力を悔いぬ日はなかった。
「あいにく我とはおめぇとは比べものにならねぇほど、長い付き合いある。我らの間に口出しするなんて無粋ね」
 それこそ、小娘に呼ばれて地球の裏側からいそいそと極東にやって来た小僧とは、わけが違う ――――
 鼻で嗤ってやれば、明らかにアーサーは気分を害したようだった。
 てめぇ、と不穏な顔つきで、右腕が懐に潜り込む。王耀もまた、冷めた目つきでアーサーを睨みつつも、いつでも動けるように身体の四肢に意識を向けていた。
 と、
「アーサー様、こちらにいらしたのですね」
 見知った少女に声をかけられ、ふっとアーサーの表情から殺気が抜けた。懐から手を抜いて、振り返る。
「お、おう、。元気だったか?」
「はい、ご無沙汰しております」
 の纏う反物をドレスにしつらえたそれは、奇妙としか言いようがなかったが、の整った顔立ちや女性的な魅力の前には些細な問題でしかなかった。現に輝かしいほどの微笑と共に西洋風の挨拶を頬に受け、アーサーの剃刀のように鋭かった雰囲気が一瞬で軟化する。
 の前では恰好いい紳士であろうと必死なのか、落ち着いた表情をしているものの唇がわずかに緩んでいる。
 笑ってやりたい気分だったが、王耀は無言のまま二人を眺める。
 は何も言わない。視線すら向けない。
「良かったら俺と一曲踊ってくれませんか、レディ?」
 の手を取り手の甲に唇を寄せるアーサーと、喜んでと微笑んでそれを承諾する。そのままダンスホールへと向かう背中を見つつ、王耀は目を細める。
 まるで喜劇ある。何もかもハリボテある。
 遊女のようによく笑う品のないの笑顔も、アーサーの助平心を隠した紳士ぶった態度も、きらきらと光るシャンデリアの輝きも、ホールに響く欧州の音楽も。
 全部、急いで誂えたようなニセモノ。それを知りながら、みんな知らん顔で踊り明かす。踊らぬ醒めた者の方が、まるで愚かだとでも言うように。
 アーサーが勝ち誇ったような笑みで振り返る。どうだお前なんか目じゃねぇんだよと言わんばかりに。
 そして、その腕の中でが憂い顔で振り返る。どうか何も仰いませんいう、とでも言いたげに。
 

 初めは何も知らなかった。世界を知らない小さな子供。それが王耀の中のの姿だった。
 恥ずかしがり屋の、はにかみ屋。だが、好奇心旺盛で王耀の語る異国の話を何よりも喜んだ。きらきらと目を輝かせ、まるで夢見るような顔をする。
『叔叔、私もいつかそこへ行けますか?』
 今ならきっと王耀はこう答える。
 異国の話など聞かせるべきじゃなかったと悔いながら、
『外国なんて行く必要ねぇある。欲しいものは全部、我が持って来てやるある。だから……』
 どうかこれ以上、叔叔を悲しい気持ちにさせないで。



end


どうでもいい中国語の解説。
叔叔(Shushu):子供がよそのおじさん(お兄さん)を呼ぶ時に使うらしいです。
(父より年下の男性にも使うみたいですが、中国さん日本さんより遥かに年上でしたね。)