BLではありませんが、軽く男色表現を含みます。
問題ない方のみお進みください。
女みたいな顔だと言われるのが厭だった。
綺麗な顔だと褒められるたびに、むしろ馬鹿にされているのかとさえ思った。
子供の頃からこの顔のせいで変な輩に絡まれる。女のようだと詰られて、悪い時は女の代わりに組み敷かれ――――
こんな風のない夜は、あの日の事を思い出す。
深く、暗い、澱のように沈んだあの記憶を――――
宵の戯言
「佐吉。こっちじゃ! こっちに来い」
声に呼ばれて振り返ると、秀吉が満面の笑みを浮かべながら手招きをしていた。
側に紺色の袴を着た恰幅のいい男が立っている。初めて見る顔だ。
何事かと駆け寄ると、秀吉は佐吉の頭をぽんぽんと叩きながら、目の前の男に紹介した。
「これがうちの佐吉です。佐吉、この方は僧雲様っちゅうてな、城下じゃ名のある学者様なんじゃ」
僧雲と呼ばれた男は、目元を緩ませて佐吉に軽く会釈をした。それに釣られるようにして、佐吉も頭をぺこりと下げる。
「こいつはわしの子飼いにするには勿体ないほど、頭の回転が早いんです。どうか、僧雲様のお知恵を授けてやってくださいませんか」
そう言って二度、三度と頭を下げる秀吉。
どうやら自分にこの男の側で勉強をさせてやろうと言う事らしい。買ってくれているのは有難いが、正直、佐吉は面倒に感じた。
知らぬ人間と言葉を交わすのは億劫だし、そもそも男の持っている知恵が佐吉の欲している知識と合致するとは思えなかった。案の定、男は論語や孟子といった四書を語るようだった。
そんな物は乱世の中では役に立たない。そんな物よりも確実に戦に勝ち、民を潤す方法を佐吉は欲していた。
だが、秀吉の手前断るわけにも行かず、佐吉は離れの一室を与えられ、数日の間、そこに僧雲と共に文机を並べる事となった。
講義は退屈なものだったが、僧雲という男の柔和な雰囲気は乱世にはあまり見られぬ物で、佐吉はむしろそちらに興味を引かれた。
飲み込みの早い佐吉を大げさに褒める様は何だかむずがゆかったが、他人を褒めたり教えたりするのは、この男の心が豊かなためだ。戦疲れしていないし、他人を労わる気持ちというのを持っている。
いつか民が皆そうなればいいと、佐吉はふと感じた。
「佐吉は飲み込みが早い。これは果ては軍師か知将だな」
と、男は手を叩いて我が事のように喜んだ。佐吉は照れくさそうに、顔を背けてどうも、と頭を下げた。
男はただ、笑っていた。
講義は朝早くから夜まで続き、時に食事も離れで済ませ、そのまま文机に突っ伏すようにして寝てしまう事もあった。
それほどまでに集中していたのは、講義の内容はともかく僧雲という男に心を許しかけていたからだろう。
いつの頃から先生と呼ぶようになったし、僧雲も佐吉の事を弟子のように思っていたはずだ。
だが――――それがあの夜、幻に変わったのだった。
夕餉を済ませてからしばらく、うとうとと眠りこけてしまったのだと気付いた。
畳の硬い感触が頬に当たる。
先生は……起きなくては……
そう思って身体をよじったが、うまく立ち上がる事が出来なかった。
身体が宙に浮くようにふわふわしている。力が入らない。
揺れる視界の中で何かが蠢いている――――
男だ。あの紺の袴は……先生――――?
佐吉が虚ろな瞳で見つめていると、ふと視線に気付いたのか男が振り返った。
いつもの柔和な笑みを浮かべ、
「ああ、佐吉。起きたのか」
眠ってしまって申し訳ございません。すぐに起きます。
そう答えたつもりだった。
だが、身体には力が入らず、腕は――――後ろ手に細い縄で縛り上げられていた。
「ああ。無理に起きずとも良い。私が起こしてやろう」
僧雲は佐吉の背に腕を回すと、ゆっくりと座らせるように佐吉の身体を起こした。背に這わせた手の平が、さするように背中を撫で回し佐吉は嫌悪感に顔をしかめた。
何かがおかしい――――
身体が思うように動かない。それにこの縄はなんだ。
混乱する佐吉に僧雲は優しげな笑みを向ける。
だが、その目に獣のような欲望が浮かぶのを、佐吉は見逃さなかった。
「ほんに女子のように綺麗な面よのう」
男の指先がつと佐吉の顎を上向かせた。そして、つつっとなぞる様にして顔の輪郭を撫でていく。
「なにを……っ」
「まだ育ちきっておらぬのが良い。ひげなど生えていては台無しだからな」
頬にかかる生暖かい息が、ゆっくりと撫でる指の感触が気持ち悪かった。
佐吉が耐えかねて顔を背けると、男が信じられない事を口にした。
「のう、佐吉。男に抱かれた事はあるか」
と――――
何を問うているのか分からず、佐吉は目を大きく見開いた。確かに女のようだと言われたことも、女に間違えられたこともある。
だが、佐吉が男だと知っていて、そんな風に言って来た人間はいない。
すぐに佐吉の脳裏は、この男がどういう類の人間なのか理解した。男色家ではない。男しか相手にしないというならば、何も女子のようだと褒めたりしないだろう。
この男は欲を発散できるならばどちらでもいいのだ。女でも男でも構わぬという、欲に染まった色情魔。偉ぶった識者の顔の下に、とんだ下賤な顔を持っていたものである。
「離せ!」
佐吉は身体を揺さぶって、男の手から逃れた。だが、抵抗するほどに縛られた縄は強く食い込む。この手では障子を開けて、逃げることさえ出来ない。
「誰か!」
佐吉はのどが張り裂けんばかりの声を上げたが、男は微笑を浮かべただけだった。
「無駄だよ。ここが母屋から十分離れていることはお前も知っているだろう? それに今日は大切な講義があると秀吉に言っておいたのだ。誰もここに近づかぬよ」
そう嗤いながら、男が佐吉の身体をとんっと押した。再びうつぶせになるように、佐吉の身体は畳みの上に倒れる。
佐吉は絶望に叩き落された。
この男に少しでも気を許しかけていた自分が、悔しくて腹立たしくて仕方がなかった。
こんな男に嬲られて、自分は男としての尊厳を失うのかと思うと涙が出てきた。
そんな顔をしても男を喜ばすだけにしかならぬと知っていたが、涙を止めることは出来なかった。
男を失ったら……俺はどうなる。
一生、男共の慰みものになるのか。男として好いた女子と寄り添う事も出来ないのか。
脳裏に――――大切な娘の笑顔が浮かんだ。
「……俺は、お前に……」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、佐吉はただ娘の事を思った。もしこの男に穢されたら、こうして思い浮かべることさえ出来ぬだろうと、覚悟しながら――――
その時だった。
「何事だ」
廊下を失踪するような足音が鳴り響いた。
加速して、徐々にこちらに近づいて来る。
足音はどんどん大きくなり――――
「佐吉!」
スパン! と障子が音を立てて両側に開いたかと思うと、そこには肩で息をする少女の姿があった。
月を背後にした影の中で、ただ煌々と輝く碧の双眸が怒りを燃やすように瞬いていた。
end
モブの名前は適当なので悪しからず。