軍師たちの戯れ
指の合間に髪を絡ませ、梳くとさらさらと流れ落ちた。
「の髪は綺麗だね」
後ろから抱きすくめる形で、元就の指がの髪を撫でた。
一方、は床に広げた書物を一心に見入って、振り返ることもない。そうですか、と無感動に答えると、元就が呆れたようなため息を漏らす。
「書はいいものだけれど、たまには構ってくれないと拗ねてしまうよ」
ご自由に、とまたもや熱の篭らない声。
元就はふむ、と腕を組むと、の手の中から開いた書物を取り上げた。
何をなさるのです、とやっと感情らしきものが見えたが、それは不機嫌な声で。
「ご自由にというから自由にしたまでだよ。せっかく二人きりなのだから、もっと楽しいことをしよう」
そう言って、の首筋に唇を寄せた。
「も、となり公……そんな目立つ所っ」
「わかっているよ、官兵衛や半兵衛に気付かれないように、だろう?」
心得ているとばかりに元就はの着物の襟元を崩すと、日の当たらない白い肌を唇でなぞった。
そうやって奥へ奥へと侵入する。
こうなると後はこの謀神の思い通りだ。
安穏な老後が望みだなんていうくせに、色事に関してはいつまで経っても現役を通すつもりらしい。
ああ、もう――――
は観念したように四肢を投げ出して、与えられる愛撫をただ受ける身となった。
元就は嬉しそうに笑んで、より深く繋がろうと自らも着物の帯を紐解いた。
こんな関係が長く続くはずがない。
そう思いながら、何度も逢瀬を重ねた。
最初に君の事が好きなんだと言われた時は、一体何の冗談かと疑ったものだが、あまりにも熱心にまるで青年のような顔で言うものだから、つい心を許してしまった。
好きか嫌いかで聞かれれば好いている。謀神の渾名にたがわぬその智謀を尊敬もしている。
だが、愛しているのかと問われればわからない。
こんな関係は長く続かない。
どんなに深く愛されたとしても、は織田の家臣で、毛利の内情を探るために遣わされた間者にすぎないのだから。
そしてこの人も、それをわかっていて、自分を抱くのだろうと、は知っている。
だから極力流されないように、冷たく突っぱねるけれども、触れられた箇所は温かくて。
嘘だとしても、騙されてみたくなる。
自分を包み込むこの広い背中を、思い切り抱きしめてしまいたくなる。
でも、それは愛じゃないから――――
「官兵衛や半兵衛が私達のことを知ったら、毛利はまた攻められてしまうかもしれないね」
情事のけだるさを残したまどろみの中で、元就が言った。
まさか、と笑ったに、存外に真面目な顔を返す。
「わからないよ。両兵衛だけじゃなく、君の可愛い弟達も怖いからね。命がいくつあっても足りないよ」
老い先短い老人なのに、まさか命を狙われる心配をしないといけないとはね、と笑っている。
「まあ、これも自業自得かな。皆の愛しい姫君を横から奪ってしまったのだから」
は何も答えなかった。確かに自分は元就と通じているが、完全に彼の物になったわけではない。
の躊躇いを見透かしたのか、元就が名を呼び、手を引く。腕の中にすっぽりと包み込まれ、耳元で囁かれるかすれた声。
「毛利においでよ。決して悪いようにはしないから……」
心が揺るがなかったと言えば嘘になる。わずかだが、元就と共に歩む道を夢想し、穏やかな気持ちになってしまった。
だが、それを受けるわけにはいかない。織田を裏切る事を恐れたのではない。ただ――――誰よりも強く、は己に割り当てられた『役割』に責任を感じていたからだ。
「、私は……」
は人差し指を元就の唇に当て、言いかけた言葉を封じる。
「その先はどうか言わないでください。また、こうして会いたいでしょう?」
顔は笑っているが、瞳は思いの外真剣で――――の覚悟を知った元就は、それ以上言葉を紡ぐ事ができなかった。
流石、官兵衛の懐刀と言ったところか――――
元就は苦笑を浮かべてため息をつくと、の首筋に口付けを落とした。
「ならせめて、このくらいは許してもらえるかな?」
所有の証にはならないけれど。
せめて、今宵この時だけは自分ただ一人のものだと証明するように。
end
以上、スパイ・ヒロインとターゲット・大トロのいけない関係でした。
で、案の定、官兵衛はそれに感づいてると思う。
知っていて、というかむしろそれを狙って、を派遣したのではと。
半兵衛は気付いていても、何も言わない。
内心思うことはあるけれど、自分が口を出したら、
の覚悟を無駄にすることは理解しているはず。
そういう意味では、官兵衛も半兵衛も蚊帳の外ではないので、
タイトルはあえて軍師「たち」の戯れ。