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春眠暁を覚えず





 春眠、暁を覚えずと言うが、こう眠いのはどうしたものか。半兵衛は縁側で横になり、今日何度目かのあくびをした。
 桜の花びらがひらひらと、まるで眠りの世界へと誘っているようだ。
 こんな日に仕事をするなど、官兵衛風に言うならば罪悪以外の何者でもない。
 ふああ、と再び大きなあくびをして、半兵衛はまぶたを閉じた。
 すると、ふと顔の上に影がかかった。誰か来たのかとうっすらと目を開くと、が自分を見下ろしていた。
「ん、?」
「もう、またお昼寝ですか? 官兵衛様に怒られてしまいますよ?」
 と、咎める口調で悪戯っぽく笑う。なんだかその様が小憎たらしくて、半兵衛はえいっとの手を思い切り引いた。
 突如、腕を引かれて身体を倒すと、半兵衛がしっかりと床の上での細腰を抱きとめていた。
「お説教する子はこうだよ」
 至近距離で今度は半兵衛がいたずら小僧のような顔で笑った。はため息を一つつくと、わかりました、とさっさと降参してしまった。
 本当は官兵衛に言われて半兵衛を探しに来たのだが、確かにこんないい天気に仕事というのもなんだか酷だ。
 官兵衛には見当たりませんでした、と報告しよう。
 と、それはさておき。
「…………あの、腕はいつほどいていただけるのでしょう?」
 床に寝そべる半兵衛に覆いかぶさるという姿。半兵衛の頭を間に挟むように、両手を床について何とか体制を保っている。
 と半兵衛の仲は皆も知るところだったが、さすがに誰かに見られるのは恥ずかしい。これではまるで、半兵衛の寝込みを襲っているようだ。
 ところが半兵衛はの腰をがっちりと掴んだまま、
「せっかくだから、も俺と昼寝しようよ」
 などと言う。
「こ、困ります……」
「ええー、恋人のお願いが聞けないの?」
「聞けるものと聞けないものがあるんです」
 ちぇ、と半兵衛が子供のように拗ねた顔を見せた。
 かと思うと、次の瞬間には、いい事を思いついたらしく目をきらきらさせる。
「じゃ、交換条件。膝まくらしてよ」
「膝まくら、ですか……?」
「そ。それならいいでしょ?」
 膝まくらも十分恥ずかしいのだが、承諾しなければいつまで経っても、手を離してもらえなそうだ。
 わかりました、と観念すると、半兵衛は嬉しそうに腕をほどき、の膝の上に頭を乗せた。
「ん〜、天気はいいし、の膝は柔らかいし、最高の昼寝日和だよね〜」
 そして、まるで猫がじゃれつくように、膝に頬を摺り寄せる。
 甘える姿がまるで子猫のようで、はふと笑みを零した。
 桜の花びらが舞い散り、空は青々と澄んでいる。乱世の平和なひと時。こんな日がずっと続けばいいと思う。




 いつの間にか自分も寝入ってしまっていたようだ。かくりと舟を漕いだところで、覚醒した。
 と、の背後に何かが立っていた。視界に広がる黒い影を訝しげに見つめ、はゆっくりと振りかえってそれを仰ぎ見る。
 それは――――
「か、官兵衛様!」
 は驚いて立ち上がった。
 と、膝に乗っていた半兵衛の頭がずり落ち、がつっとしたたかに床にぶつける。
「あたたたたた、なに……?」
 後頭部を容赦なく強打した半兵衛が、目をこすりながら身体を起こした。
 と、背後にたたずむ官兵衛の姿を認め、思わず動きを止める。
「え、えと……おはよう、官兵衛殿」
 誤魔化すようににこりと笑ってみせるが、官兵衛の無表情は崩れなかった。視線だけでを見やると、
「半兵衛を連れてくるよう言ったはずだが?」
 と冷ややかな声。
「あの、ええと、それは……」
 もごもごといい訳を口にするが、聞く耳もたんとばかりに官兵衛は踵を返した。
「執務が溜まっている。当然、いつもの二倍は働いてくれるのだろうな?」
「はい……」
 しゅんと肩を萎ませて、官兵衛の後に続く
 怒られて気落ちしているが、それでも官兵衛に付き従う姿勢は崩さず。恋人であるはずの自分より官兵衛の付いていってしまうのが、やはり納得がいかない。
 それは決して恋慕ではなく、喩えるなら雛が初めて見た者を親と思い込む刷り込みのようなのだが、やはり同性としては自分が一番になりたいものである。
「やっぱり、まだまだ敵わないかぁ」
 半兵衛は誰にともなく呟くと、ぐっと両手を伸ばして伸びをした。
「何をしている、半兵衛。卿も来い」
 呼ばれて、はいはいと答えながら、まあこんな関係も悪くないかと、半兵衛は独り笑みをこぼした。



end


なんとなく、ただイチャイチャしてるだけの話。