性悪軍師
「なぜ、あんな性悪に付き従っているのか理解できないな」
背後から声をかけられ、はきょとんと丸くした目で振り返った。
元就の隠居部屋に集った織田一行と立花夫妻。お茶でも淹れさせるよ、と元就が輝元を呼ぼうとしたところ、それなら私がとが名乗りを上げた。
妻のァ千代が何もしない事をばつが悪く感じたせいか、宗茂が手伝いましょうと呼応する。
そして二人仲良く勝手知ったる他人の家とばかりに台所で湯を沸かし始めたのだが、その最中にあの言葉だ。
「性悪――――と言うと、半兵衛様の事でしょうか?」
「ほかにいるか?」
質問に質問を返されて、は苦笑を漏らす。
宗茂と半兵衛はお世辞にも良い仲とは言えない。互いに性悪と称するほどの犬猿の仲で、顔を合わせる度にぎゃーぎゃーと言い合いを繰り返すのだ。
「性悪……というほど、悪い方ではありません。もちろん、掴みどころがない所もありますが、それは軍師だからであって……」
「軍師は性悪でもかまわないと?」
「権謀術数を成すのに、人を謀ることは多少は必要、という事です。私だって……軍師のはしくれです」
ふん? と宗茂はの姿を見返した。小柄なのは半兵衛とて同じだが、目がまったく違う。どこか人を小馬鹿にしたような半兵衛のそれとは違って、の瞳は澄んでいる。
「とても同じ人種とは思えないがな」
と、宗茂がしごく真面目な顔で返したので、は思わず笑みをこぼした。
「本当の性悪というのは、見た目から分からないものですよ。それに……半兵衛様が仰るには、宗茂殿も同じ穴のむじななのでは?」
にこり、と微笑むくせに、口は容赦というものを知らない。宗茂は挑発に乗るように笑うと、ああ、そうだな、と返した。
そして、の細い腰に何も言わずに腕を回す。
「宗茂殿?」
「君はずいぶん半兵衛に気に入られているようだから、あれに仕置きをやるには、こうするのが早いかもしれない」
「それは……私は巻き込まれ損というものではありませんか?」
「かもしれないが、恨むならあの坊やを恨んでくれ」
それは困ります、と到底困ってなどいない顔では笑う。背丈も腕力も叶わない大の男に自由を奪われているというのにこの余裕。
やはり軍師などという人種は厄介だ、と宗茂は胸中で独りごちた。
「……そろそろ、離していただけませんか? 湯が蒸発してしまいます」
「嫌だといったら?」
「ァ千代殿に言いつけます」
「あれがそのくらいで動じると思うか? 夫が他所の娘にちょっかいを出したくらいで、ぴーぴー喚き立てるやつじゃないさ」
それはそれでどうなのだろう、と思いつつ、はため息をもらす。
宗茂が遊びなのだと分かっているからこそ、強く抵抗する事が憚られる。とはいえ、このままというわけにもいかないし、他人の家で暴れるわけにもいかないし、と思案をめぐらせていると、宗茂の指がを顎を上向かせた。
静かに落ちて来る唇。
流石にこれはまずい、とは思い、互いの唇の間に飛刀を滑り込ませた。刃に唇が触れるか触れないか、という所で、宗茂は降下を止める。
「こんな物で俺が刺せるのか?」
「無駄でしょうね、私と貴方の力の差は歴然です。でも……この手を振り払うなら、それなりの覚悟が必要ですよ?」
「ほう、覚悟というと?」
宗茂は顔を少し離し、目を細めた。
「両兵衛と子飼い三将を敵に回すかもしれない、という事です」
の顔には笑みがある。が、瞳は冗談と本気の間をさ迷っていた。もし宗茂が強引に事を運ぼうとするなら、それ相応の報復はするという顔だ。
「あだ討ちも他人任せなのか?」
挑発するように言うと、は意外とあっさりとそれを認めた。
「ええ。勝てない敵に挑むほど、餓鬼じゃないですから」
と。
「今なら元就公も付けますがいかがです?」
そしてにっこりと微笑まれてしまっては、もはや手を離さざるを得ないだろう。腕を解くと、は何事もなかったように、茶瓶を用意し茶を淹れ始めた。
まったく以って末恐ろしい餓鬼だ――――
自分の価値と言うものを正確に理解した上で、自分の身体を張っているのだ。どうすれば人を動かせ、どうすれば人が引くのか――――その駆け引きを心得ている。
「まったく……やはり性悪軍師の部下は性悪か」
と、茶を淹れるの後姿に、宗茂は苦笑交じりに零した。
end
宗茂夢第二段。
お互い挑むような関係で。