葬送
命と共に温もりが抜けていく――――
ぐんにゃりとした身体を抱きしめて、徐々に温度が失われていくことを恐れた。
「埋めてやれ」
ぼろぼろと大粒の涙を零すに向って、官兵衛は言い放った。
童女の腕の中には弛緩した猫の身体。触れずともすでに絶命しているのは見て取れた。
でも……、とは言葉を詰まらせ俯く。
まだ温かいのだろう。柔らかな毛に顔を埋めるようにして、は猫の身体を抱きしめる。
だが、そんな事をしても一度抜けた命は戻らない。
いずれ冷たくなって、固くなって、死臭のする物体になってしまうだけだ。
その前に――――まだ、生の余韻を残している内に、目の前から遠ざけてやる事の方が良いように思えた。
官兵衛は妖気球を掲げると、裏庭に立つ松の木の根元に小さな穴を穿った。
猫のために開けた墓穴だった。
埋めろ、と視線で命じると、は戸惑った顔をし、やがて官兵衛の命令に逆らえぬと悟ると、別れを惜しむように猫のぐんにゃりした背中を抱きしめた。
最後の温もりを忘れぬよう抱きしめて――――そっと穴の中に横たえる。
土をかぶされて徐々に見えなくなっていく身体を、は瞬きもせず涙をためた瞳でじっと見つめていた。やがて隠れて完全に土が覆いきると、の瞳が碧の輝きを放ち光を宿した。
物理的な障壁を除く千里眼――――
別れきれぬとでもいう風に、それで穴の中の猫を見ようとしたのだ。
だが、官兵衛はそんなの両目を塞いだ。
「見えぬものに想いを馳せるな」
がびくりと肩を震わせた。
「お前の両目はこの世に在る物を映す為にある。すでに無い物を探しても、見つからぬぞ」
う、と呻いたかと思うと、それはやがて嗚咽につながり、両目を覆った官兵衛の手の平に温かい水が触れた。
官兵衛の手の平を両手で掴みながら泣きじゃくるようにして、
「友達、だったんです」
静かに語る。
「ずっと一緒、だったんです……悲しい時も、嬉しい時も、ずっと側に」
所詮、猫は猫。言葉も通じなければ、道理もない。
だが、慣れぬ秀吉の家で、幼いにとっては心を許せる数少ない存在だったのだろう。
は悲しみをぶつけるように、大声を上げて泣いた。
官兵衛にはその涙を止めることも、慰めの言葉もなかったが、ただ唯一言える事は――――
「ならば、死を見つめるな。魂も、遺志も、形などないのだから」
それから幾年かの年月が流れ――――
「……だから、これでお別れです」
は安らかな顔に語りかけるた。
まるで眠っているような、今にも起き出して話し始めそうなほど穏やかな顔。
だが、すでにこれは抜け殻でしかないのだと、は知っている。
あの日、官兵衛が伝えたのはそういう事だったのだ。
死が訪れた瞬間、それはもはや別の何かに変わってしまうのだろう。『無い物』になってしまうのだ。
生前の言葉も、笑顔も、感情も、思い出も――――もはや記憶の中にしか留まらない、過去に変わってしまう。
だから、そこに横たわる物に依存してはいけない。死に見入ってはいけない。この目に映るのはどこまでいっても現実の、今しか映す事が出来ないのだから。
どんなにそこに過去の面影を探しても、それは幻でしかないのだと――――生者が見るべきものはそんな幻想ではないのだと、官兵衛が言ったのだから。
は礼をする様に頭を下げると、別れの言葉を告げた。
「さようなら。どうか安らかに」
end
最後の死者が誰だったかはご想像で。