薄暗闇に包まれた天井を眺めながら、このまま目を閉じて眠りに付いたら、二度と目が覚めないんじゃないか、と。
恐怖はないけれど、漠然と胸を噛む鈍い不安。
眠いけれど、このまま眠っていいのだろうか、とふと思う。
もし目覚めなかったら自分を取り巻く人たちは、朝を迎えない己を囲んでどう思うだろう。
あの子は、泣いてしまうだろうか――――
優しい眠りを
「泣いてしまいますよ、絶対」
そんな風に真面目な顔で言われるから、その話しをしたくなかったのだ。寄り添うように布団を並べたが、じっと薄暗闇から半兵衛を見つめている。
悲しそうに眉根をひそめた顔がつらかった。
「たとえ話だよ。誰だって思うよ、こういう荒唐無稽な話」
子供の頃、眠っている間自分の意識はどこへ行くのか不思議だった。
気が付いたら朝日が差していて、その間の事を覚えていない。夢を見たのかもしれないけれど、夢を見ている間、自分はどこに居るのだろうと不思議だった。
当然、自分はどこへも行かず、ただ布団の中で眠りこけていただけなのだが、それでも不思議に思っていた。そしてやがて幼かった半兵衛の興味は、眠りから永遠の眠りへと移っていった。
死んだら人の意識はどこへ行くのか。
一時の眠りなら朝が来れば目覚めるが、永遠の眠りはどうなってしまうのだろう。
仏門に付く者に言わせれば、極楽浄土へ向かうのだろう。だが、それは一体どこにある? その場所へ行った時、自分は自分として知覚できるのだろうか。
自分は、いつまで自分で居られるのだろうか。
「気にしないでよ。俺たちは常日頃、死と隣り合わせだからさ。たまにこういう事、考えちゃうんだ」
考えたところで意味などない。
答えはないし、それについて時間を費やしたところで何の益もない。
分かっているが考えてしまう。くだらないな、と思いながら。
「半兵衛様、手を」
話しをじっと聞いていたが、ふいに声をかけた。訝りながら半兵衛が手を布団の外へ出すと、がその手に自分の手を重ねた。指と指を絡ませて、きゅっと握り締める。
「私が……呼び戻します」
「?」
「もし半兵衛様が目覚めなくても、私がきっと眠りの世界から半兵衛様を呼び戻しますから」
だから安心して眠ってください――――
にこりと、の柔らかな微笑みに、半兵衛は少しばかり面食らった。
ああ、自分は余裕な振りをして、しっかり不安なところを見破られていたんだな。本当は自分がこの子を不安にさせないよう、いつでも大人の顔をしていたいのに、そんな顔を見せてしまったのか、と。
だが、反省するよりもの手のひらの温かさが心地よくて、半兵衛は誘われるようにもう一方の手をに伸ばしていた。
「ねえ……そっち行っていい?」
身体を乗り出し、の布団へもぐりこもうとする半兵衛に、は顔を赤面させる。
「えっ、は、半兵衛様、今晩は……!」
「大丈夫だって。今日はやらしい事しないから。ただ、一緒に眠りたいんだ」
半兵衛の真面目な顔に、は困惑しながらも、そっと布団の端をめくり上げる。半兵衛はその隙間に身体を潜り込ませると、の身体を抱きしめるように身を寄せた。
「ふふっ、はあったかくていいね」
「半兵衛様だって」
同じ熱を共有するように、互いの体温が触れ合った箇所から伝播する。
心地よい暖かさと共に睡魔が訪れ、半兵衛はゆるゆるとまぶたを下ろした。の暖かな体温と、静かな呼吸、そして胸の鼓動を感じながら、半兵衛はゆっくりと眠りへ落ちていく。
こんな風に穏やかに眠れるのはいつぶりだろう。
不安もなく、恐れもなく、誰かに守られ穏やかな心地でいられるのは。
「良い夢を」
眠りの向こうでの声が微かに聞こえた。
end
たぶん病に気づき始めた頃のお話。