狂愛、半兵衛がヤンデレ気味です。
半兵衛と官兵衛が仲良くありません。
それでも許せる方のみお進みください。
子供のように嬉しそうに微笑む顔が好きだった。
たった一言声をかけられただけで、頭を撫でられるだけで、それだけで嬉しくて嬉しくてたまらないと言わんばかりの顔をする。
その顔を見て、冷徹軍師と渾名される彼の顔も僅かに緩む。
そんな二人の光景が好きで、それに自分も加われたら嬉しいと思っていた。
まるで柔らかな陽だまりの中にいるような、居心地のいい場所。
だが――――望んだはずのその場所が次第に辛くなってしまったのは何故だろう。透明な水の中で息が出来ないような、窒息感に押しつぶされる。
自分が本当は欲しいと思っていたものが、これではなかったと気づいた時、背筋が凍るのと同時に何故か胸がすっとした。
嗚呼、これでようやく俺は悪党になれる――――
知らぬ顔
自分から訪れたくせに官兵衛はずっと押し黙っていた。用向きなど彼のおとないを知った時から理解しているが、半兵衛からは決してそれを切り出さない。いつもの知らぬ顔で官兵衛の顔をじっと見つめるだけである。
「何か……間違いがあったのか……」
ようやく搾り出すように放たれた官兵衛の言葉に、半兵衛はわずかに目を細めた。
この冷徹軍師と呼ばれる男は、今に至っても半兵衛を信じてくれているのだ。何か嘘のような誤解や偶然が重なって、こんな悪夢のような事態になってしまったのだと思っているのだろう。
仕方がないなぁ、官兵衛殿は――――
情など下らぬと言うくせに、本当に大切なものを前にすると臆してしまうなんて。冷徹軍師の名が泣く。
「世の中、間違いだらけだと思うけどね。はなんて?」
がどう話したのか分からないが、起こった事をありのまま口にする事など出来ないだろう。
軍師の真似事をしていても、齢十七八の小娘だ。犬に噛まれたと思って流すことなど出来るはずがない。
「分からぬ。ずっと伏せって泣いている。だが、あれがああなったのは……」
半兵衛の屋敷から戻っての事である。
青ざめた顔で戻ってきた。官兵衛が声をかけても、心ここにあらずと言った胡乱な反応を返すだけだった。そして、その日から部屋に篭って、ただ泣き続けるのである。理由を聞いても何も答えず、困り果てた官兵衛が直接半兵衛の元へやって来たのだった。
おそらく、官兵衛はかなりの確率で何があったのか確信している。だが、それを信じたくない想いで、こうして半兵衛に尋ねているのだろう。
そんな風に右往左往している官兵衛の姿は、いっそ哀れだった。
早く楽にしてやろう。半兵衛は意を決する。
「を抱いたよ」
視界の中の官兵衛の両眼が、驚きに見開かれる。
「俺が女にした」
視線が泳ぐ。まるで救いの糸を捜すように。
「それは……」
「和姦かって? あんな夜更けに男の家に訪ねてきて、襲われましたじゃないでしょう」
勝手な言い分である。
は半兵衛を信用しきっていた。隙だらけだった。警戒心のない身体を押し倒して、事に運ぶのは容易かった。
乱暴に抱いたつもりはない。長く押し込めていた愛情を解き放つように、慈しむように愛した。だが、行為そのものが暴力だ。自分が攻め手である以上、そんな言葉は詭弁にしかならないだろう。
官兵衛の顔は青ざめていた。あの日のと同じような顔を――――裏切られた人間の顔をしていた。
「何故、そんな無体を働いた」
理由は決まっている。
「好きだったからだよ。俺も、も。相思相愛だった。だから男女になったんだ」
知っているでしょう――――?
覗きこむように官兵衛の目を見ると、官兵衛は目を反らした。逃げても無駄だ。が淡い恋心を自分に抱き、そして官兵衛もそれに気づいていた事を自分は知っている。二人が夫婦になる事を、彼が密かに望んでいた事を知っている。
「だが……あれは……」
傷ついたろう。それは認める。だが、女が傷つかずに通ずる方法などあるものか。
「初めてだったから、怖かったろうね。震えてた。でも、仕方がないよ。誰でも通る道だ」
官兵衛は押し黙ったまま唇を噛んでいた。もし、この不埒者と半兵衛を糾弾してやれれば、どんなに楽だっただろう。
だが、そんな事が許されるはずがない。なぜなら、官兵衛もまた共犯者なのだ。
何かが起こるかもしれない事を俄かに期待して、官兵衛は夜分にを遣いにやった。もちろん、それはこんな乱暴な行為ではなく、もっと甘い恋人達の睦み合いだ。奥手なと子供のような半兵衛なら、接吻以上の事は起こるまいと高をくくっていたのだ。
だが、官兵衛の期待を裏切るように、半兵衛は男の顔を見せた。官兵衛は絶望したが、それを責める権利は彼にはなかった。
そして、その全てを半兵衛は知らぬ顔で承知していた。
俺はね、と半兵衛は膝を進めた。官兵衛の俯き加減の顔を覗き込むように、顔を寄せる。
「本当はね、も官兵衛殿も大好きなんだ。ずっと三人でいられたらいいなって思ってた」
「では、なぜ……っ」
「気づいちゃったんだよね。三人でいてもさ、が俺に寄せる気持ちとさ、官兵衛殿に寄せる気持ちって違うんだ。俺には憧れ、官兵衛殿には尊敬」
官兵衛の眉根が戸惑うように寄せられる。それの何が不満なのだ、と問うように。
「初めは良かったよ。仲のいい師弟だなって思ってたから。でもさぁ、気づいちゃったんだよ、俺は。俺は絶対に二人の間に割って入れない。俺はの一番じゃないんだ」
「待て……何を言っている。あれは卿のことを……」
「好きだよ。は俺の事が好きだよ。でも、官兵衛殿の次にね。最愛の男かもしれないけど、最愛の人間じゃない。向けられる感情が恋慕と敬愛でも、そこには差があるんだよ。明確な、差が」
それに気づいてしまった瞬間、半兵衛は理解した。
自分はなんと単純な感情に振り回されていたのだろう。自分はただ、官兵衛に嫉妬しただけだ。途方もなく醜い嫉妬を嫉妬と気づかず、答えを探しあぐねてもがいていただけだ。
それを認めて口にしてしまえば、ほら、こんなにも――――
「俺は官兵衛殿よりも何倍も何十倍も、の事を愛しているよ。官兵衛殿に絶対負けない。俺はを手に入れる。だから、ねえ――――」
官兵衛殿?
覗きこんだ子供のような顔が、一瞬泣き笑いのような顔をした。
だが、その顔は半兵衛が今まで見せたどの表情でもなく、官兵衛の知る竹中半兵衛の顔ではなかった。
一瞬だけ知らぬ顔が剥がれたその真顔が、懇願するように涙した。
「ねえ――――頼むから、を俺に頂戴よ」
半兵衛の振りかざした短刀が、己の胸をゆっくりと突き刺すのを、官兵衛は祈るような気持ちでただ見つめていた。
end
久しぶりのヤンデレはんべ。
殺しちゃったら元も子もないので続きません。