クロニクルネタバレ。
台詞は要所要所変えていますが、大丈夫な方のみお進み下さい。
空想の中で万の兵が死ぬ。
騎馬に蹴散らされ、鉛球に倒れ、槍で貫かれた屍が重なる。
その中には見知った顔も含まれ、一つ、また一つと軍団壊滅の報が届く。
そして、やがて大将の首が飛び、空高く掲げた旗印が倒されるのだ。
そんな悪夢を、何度も空想の中で繰り返す――――
軍師の仕事
「半兵衛様!」
うっすらと目を開くと、いつものようにが仁王立ちになって自分を見下ろしていた。
今日はずいぶん早く見つかってしまった。そろそろ昼寝場所を変えないとなぁと考えながら、欠伸をかみ殺す。
の怒ったような顔に呆れが混じる。
なんでこの人、いつも寝てるの? とでも言いたげな顔だ。
「サボってないで、執務室へお戻りください。三成がイライラしてましたよ」
サボっていると思われるのは不本意だが、こうして日長屋根の上で寝転がっているのだから、そう思われても仕方ないのだろう。もう少しそれらしい遠謀深慮に耽っている顔をすれば許してもらえるのかもしれないが、柄ではないし、面倒くさくて半兵衛は弁解すらしなかった。
「あー、はいはい、三成ね。三成」
半兵衛の脳裏に目を狐のように吊り上げた三成の顔が思い浮かんだ。賢い青年だが、いささか余裕がなさ過ぎる。いつもかりかりしているし、真面目だが言葉が足らず、敵を作りやすいタチだ。
軍師には向かないなぁ。そんな事を思いながら、半兵衛はゆったりと伸びをした。
「半兵衛様……お急ぎ下さい。あまり待たせると三成が爆発してしまいます」
背後のが、顔をしかめてじっと半兵衛を見ていた。
軍師見習いのこの娘は三成よりはうまく物事をまわすが、それでも視野が小役人たちと同じになってしまっている。あの千里眼によって誰よりも多くの情報を得られる能力を持っているのに、それを処理する頭の方が狭義にしか捉える事が出来ていない。
もし、出来ているのなら――――三成や清正と一緒になって、軍師である自分があくせく働いている事に疑問を持ってしかるべきなのである。
「ねえ、はさぁ、毎回こうやって俺を探しに来てくれるけど、それに疑問とか持たないわけ?」
の焦りを無視して、半兵衛は伸びを続けながら問いかけた。
が訝しげな表情を作る。一瞬の躊躇いは、そんな事は今はどうでもいいじゃないですか、と言いたいのを飲み込んだのだろう。
「べつに……。探せと言われれば、私はいつでもここに参ります」
そして、まるで石が宝玉に変わるように、鳶色の瞳が碧のそれに変わっていく。
の持つ常世の瞳。千里の先も見渡す彼女の千里眼は、どんなものでも物理的な障害を取り除き探し出す。
「それで、俺を仕事場に引き戻すんだ?」
は顔をしかめた。
「はい。皆が半兵衛様を必要としています。だから……」
「あーあ、だめだめ。ぜーんぜん駄目」
の言葉を遮るように、半兵衛は声を張り上げた。
ねぇ、と立ち上がり、の目を覗き込むように顔を寄せる。
「俺達、軍師はさ、三成や清正みたいな小役人と一緒になって、組織ん中であくせく働いちゃだめなんだよ、軍師は常に組織の外にいて、全体を見渡さなきゃ。なのに奴らと一緒になって一生懸命働けだなんて、は俺の神算鬼謀をそんな事に費やしたいわけ?」
「それは……」
「人には役割がある。俺は頭の中で同じ戦ごとを一万回考え、百万人もの兵を死なせている。そうやって考え抜いて、実際の人死を極小化し、天下泰平への近道を模索しているわけ。それが俺の仕事」
でしょ? 小首を傾げて意地の悪い笑みを浮かべると、は黙り込んでしまった。
賢いなら半兵衛が正論を言っている事は分かるはずだ。半兵衛の頭脳を些事に用いるのは能力の無駄だという事も理解している。
だが、それをこうもはっきりと言葉にしてしまうのには、反感を覚えた。
確かに半兵衛は賢い。真の知者のみが軍師として、軍の采配を支配する事ができる。
だが、そんな風に周りを見下すような口ぶりは――――本当の軍師ではない。半兵衛らしく、ない。
「やめてください……。そんな風に言うの」
の悲しげな顔に、半兵衛ははっと真顔に戻った。
ごめん、と小さく呟く。
「ずっと戦の事考えてて、トゲトゲしてたんだ。気分を悪くさせるようなこと言って……ごめん」
はふるふると首を横に振った。
見習い風情がおこがましいと言われるかもしれないが、半兵衛の苦悩は理解しているつもりだ。どんなに考え抜いて、最善の策を用いても、被害のない戦など存在しない。誰かは死に、屍になり、その戦を最後に人生を終える。
もしかしたら自分がもっと良い策を立てていれば、もっと被害を抑えることが出来たのではないか。そんな懊悩に苦しめられ続けるのだ。
それに答えなどないと知りながら、それでも死んでしまった誰かにとって、その死はすべて軍師のせいだ。それはどうしようもない事実で、だからこそ逃げ場がない。軍師達はずっとその懊悩に悩ませ続けられる。
「どれだけ考えても、死ぬ人が出る。その人に、俺は軍師として何て言えばいい?」
「半兵衛様……」
「仕方なかった? 頑張ったけど駄目でした? そんな言葉……笑えないよね」
半兵衛は深くため息をついた。
悲しげに目を伏せたの顔をちらりと見やって、更にため息を重ねる。
「誰にだって大切な人がいる。その人がそんな風に死んでしまって、それで許せる? ねぇもしも……、俺の策でが死んでしまったりしたら……俺……」
空想の中で幾たびも死に躯になったを前に、半兵衛は軍師の顔をしている自分を想像する。だが、それは長く続かない。俺が、俺が、俺が、そんな自責の念に苛まれて、試行錯誤どころではなくなってしまうのだ。
「俺……、軍師失格だ」
深くため息をついた半兵衛の手を、がぎゅっと両手で握った。
「そんな事ありません!」
必死な顔で訴えかけたに、半兵衛はただ驚いた。
「半兵衛様の策に私は何度も助けられました! 半兵衛様に私は生かされたんです! 被害を完全になくす事は出来ないかもしれないけど……、でも救われた人は必ずいるはずだから……だから、そんなこと言わないで」
今にも泣きそうなの顔を眺めながら、半兵衛はただ驚きに目を瞬かせた。
そうか。そんな考え方もあったのか――――
自分はいつの頃からか戦死者の数を数える事が、軍師の仕事だと思っていた。今日は何人死んだ。昨日は何人死んだ。それをただ嘆いていたけれど、そんな事じゃなくて――――
「そうだね……。軍師の仕事は、生かすためのものであるべきだよね」
半兵衛はにっと笑みを浮かべると、縋りつくようにしているの頭をがしがしと撫でた。
「えっ、あ、あの?」
「えらいえらい! もいっぱしの軍師らしくなって来たね!」
戸惑うに半兵衛はもう一度微笑みかけた。
軍師は救うためにある。誰かを死なすのではなく救うために策を立てるのだ。今、まさにが半兵衛を救ったように。
「よしっ、じゃあ俺の天才的頭脳でたくさん救っちゃおうかな! も手伝ってくれるよね?」
は戸惑いながら目をきょときょとと泳がせたが、やがて半兵衛の目を見つめ、はいと力強くうなづいた。
end
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