死にネタではありませんが、死を彷彿とさせる話です。
問題ない方方のみお進みください。
落日
背負った時の現実感のない重さにどきりとした。
まるで羽織をもう一枚はおったような、そのくらいの実感しかくれない身体に、思わず目頭が熱くなった。
目の奥から込み上げて来る何かを、ぐっと唇を噛み締めて堪えた。
「この辺りはもうすっかり冬だね」
地面に落ちた枯葉を踏み分けながら、緩やかな勾配の坂を登った。道の両脇を固める木々は秋の色に葉を染め、やがてそれは地に落ち冬を迎える。紅葉さえもその準備に過ぎないのだと思うと、春が来れば新芽が吹くと知っていても切なかった。
「ここさ。もうちょっと奥に行った所に、銀杏がたくさん植わってるんだよね。持って帰って、おねね様に炊き込みご飯にしてもらおうか? 茶碗蒸しでもいいなー。俺、けっこう好物なんだよね」
好物だから最後に残しておいて味わって食べるのだと、笑いながら話した。
背後からの反応はない。
だが、半兵衛は気にせず、言葉を紡ぎ続ける。静寂を恐れるように。
「あっちのは柿の樹だね。干し柿にすれば冬まで持つし、今度みんなで採りに来ようか?」
「……」
「見て。栗の樹だよ。剥くのが面倒だからあんまり好きじゃないけど、栗ご飯とかはいいよね」
「……」
「秋はいいよね。食べ物がたくさんあるし。葡萄に梨でしょ、林檎に蜜柑に」
「……半兵衛様」
遮るように名を呼ばれたが、その後に続く言葉はなかった。その一言で全てを察して欲しいとでも言うように、背に負った娘は黙っている。
だが、半兵衛はそれを無視した。
何も聞いていない。の想いなど知らないと言うように、坂の上を目指した。
しばらく行くと木々が開け、秀吉の領地をすべて見渡せるほどの高台にたどり着いた。
遠く暮れなずむ空は茜色に染まり、燃えるような太陽が輝いている。
半兵衛はをゆっくりと降ろすと、肩を支えて夕陽を見せた。
「見て、。綺麗だね。きらきらしてる」
は長い睫毛を大儀そうにわずかに押し上げると、鳶色の瞳に茜色の光を映しうっとりとその光景に見入った。
同じ光景を見ているはずなのに、彼女が別の何かを見ているようで半兵衛はどきりとした。無理やりに静寂を破る。
「ねえ、の体調がもう少し良くなったら、堺にでも引っ越そうか。海を見たことがないって言ってたでしょ? だから、港の見える街に家を借りてさ、猫でも飼いながら悠々自適に暮らそうよ。俺達もう十分働いたし、あとは官兵衛殿がどうにかしてくれるよ」
反応がないのではないかと半兵衛は恐れたが、はわずかに笑ったようだった。
唇に笑みを浮かべ、官兵衛様に叱られてしまいます、と彼女らしい優等生な返答を寄越した。
「いいんだよ、官兵衛殿は何したってどうせ文句言うんだから。それに官兵衛殿は照れ屋だから、そんな風にしか愛情を表現できないんだって。愛されてるんだよ、は」
そうでしょうか、とは力なく笑う。
だが、世辞を言ったつもりはない。どれだけ皆が、秀吉がねねが、三成が清正が正則が――――そして官兵衛が、自分が、の命を惜しんでいるのか分かっていないのだ。
日に日に衰えていくの姿を、どれほど皆が忍びなく感じているか。
ねねの不自然なほどの明るさや、官兵衛の執務に打ち込む姿を見るたびに、胸が張り裂けそうになる。の青白い顔を見るよりも、彼らの態度がまるでの死期が間近だと語っているようで耐えられない。
「私……ちゃんとお役に立てたのでしょうか」
在りし日を語るように、が目を細めて呟く。
「ちゃんと秀吉様やおねね様、官兵衛様に恩返しできたのでしょうか……」
「……なに言ってんの。恩返しなんて、これからいくらでもすればいいじゃん」
「でも、私」
「の軍師としての功績なんてまだまだだよ! 策は稚拙だし、兵の動かし方も甘いし、短慮で、浅はかで、軍師を名乗るなんておこがましい……っ」
言葉に詰まった半兵衛をは見上げ、少しだけ笑った。
そうですね、と半兵衛の低評価を肯定するように頷いてみせる。
「もっと……ちゃんと官兵衛様のいう事、聞いておけば良かったなぁ」
半兵衛はぐっと唇を噛み締めた。
「なにそれ……。官兵衛様、官兵衛様って。俺のいう事も聞いてよ……」
「半兵衛さ、」
視線を上げたが半兵衛の顔を見ないように、半兵衛は覆い被さるようにの身体を抱きしめた。自分の胸にの顔を押し当てて、頭を抱えるようにきつく腕を絞める。
「明日の話をしようよ。これからの事を話そうよ。何でもいいからさ。おねね様の作るご飯の話でも、官兵衛殿のお小言の事でもいいから。俺のいう事、聞いてよ……。聞いてくれたら、これからは真面目に仕事するから、昼寝もしないから。ねえ、」
ぽたり、ぽたりと暖かな雫がの頭上を濡らした。
これだけ長い間そばに居たのに、半兵衛の泣くところを初めて見た気がする。
泣きっ面の半兵衛。かつて濃姫が言っていた昔のあだ名を、ふと思い出した。
泣くと顔が子供っぽくなるから、だから俺は泣かないよ――――そんな風に、知らぬ顔を通した半兵衛を、とても愛おしく思う。
は腕の呪縛を解くようにゆっくりと顔を上げると、ぽろぽろと涙を流す半兵衛と対峙した。
夕陽を受けてきらきらと光る雫が美しくて、自然と身体が動いていた。
顔を寄せて、唇で雫に触れる。
唇に受けた雫がまるで体内を巡ったように、大粒の涙がの瞳からも零れ落ちた。
泣き笑いのような顔を作りながら、はいと頷いて、
「明日の話をいたしましょう」
end
きっと死ぬまで未来の話をし続ける。