軍師ですから
『女の分際で、戦に出ようなどと片腹痛い』
聞くともなしに耳に入ってしまった言葉に、は顔を上げた。
ちらちらとを隠し見る好奇の瞳。
『小娘ふぜいが軍師とは笑わせてくれる……』
『どうせ男にすがって軍師の座を得たのだろうよ。両兵衛のお気に入りだそうだからなぁ』
『女は寝れば勲功が上がるのだから楽で良い。どうせならワシらもおこぼれを預かりたいものだ』
わははは、と上がる男達のげひた笑い声。
はむっと眉根をしかめて、男達の方へと歩み寄った。
武将たちの誹りを受けたのはこれが初めてではない。男ばかりの軍に女が交じっているのだ。戦場でお姫様扱いをしてもらえるとも、毛頭思っていない。
だが、実力を見ず、女だからというだけで勝手に力を評価されるのが嫌だった。
その上、が官兵衛と半兵衛を誑かし、この座に着いたと噂する者もいる。足を開き、女の武器を使って、篭絡したのだと。
は強く拳を握り締めた。
笑わせてくれるのはどっちだ――――
あの官兵衛と半兵衛が、色仕掛けなどという下らない策にはまるとでも言うのか。あの名軍師と名高き両兵衛が。
近くに寄ると、それが次の戦での指揮する部隊の将だという事が分かった。大方、小娘に指図されるのに腹が立ったのだろう。その仕返しが陰口とは、なんとも子供じみている。
「私に何か仰りたいことでも?」
できるだけ円滑に事を処理すべく、はにこりと微笑をたたえ男に声をかけた。
男たちはにやにやと含みのある笑みを浮かべ、いやなに、と口ごもる。
「我らは殿の身を案じておったのですぞ。そのような細腕で、戦になど出てもよいものかと……」
「そうそう。戦は血気盛んな男ばかり。なんぞ間違いがあってはたまりませぬからな……」
言いながら、嘗め回すような視線が、の華奢な身体に注がれる。
は男の視線から逃れるように、身をよじった。
「……まさか、我が軍にかぎってそのような不埒な事など……。ございません」
「いやいやわかりませぬぞ。ほら、このように腕を拘束してしまえば……いかがですかな?」
片腕を握られ、はひくっと顔を引きつらせた。
どうしよう……
殴ってしまいたい……! 二度と減らず口が叩けないくらい、ぼこぼこにしてやりたい!
だが、はそれらの怒りを胸中に押し込め、鉄仮面のような微笑を顔に貼り付けた。
戦は近いのだ。何としてもここは穏便に済まそう……
そうが決断した矢先。
「そうそう、これではさすがの殿も抗えぬでしょう。しかるのちに、このように……」
さわさわ……
肩から腰、そして太ももへと流れるような手つきに、はぴしりと石化した。
「ふ、ふふふふ……」
知れず、唇の隙間から不気味な笑みがこぼれた。は俯き、不気味な薄笑いを上げた。
何事もなく円満に済まそうとしていたの苦労を打ち砕き、うら若き乙女の身体を弄んだ罪は万死に値する。
はきっと男たちをにらみつけると、徐に自分の襟元をくつろげた。肌蹴られた胸元に男たちがおおっと見入った瞬間、は大きく息を吸い、
「いやぁぁぁぁぁぁ、けだものぉぉぉぉぉぉぉ!」
あらん限りの声で叫び声をあげた。
刹那。
どこっ、と丸い円盤のようなものがどこからともなく飛来し、男達の足元を掠め地面を穿った。土煙の向こうから、羅針盤を左手に携えた小柄な男が姿を現す。
「ねぇ、何してるのかな? 俺のに……何してるのかな〜〜!?」
「ひぃぃっ、半兵衛殿! こ、これは……」
誤解です、というよりも早く、が男の手を振りほどき半兵衛の元へと駆け寄った。半兵衛の背にすがりつくと、ひっくひっくとしゃくりあげながら、
「半兵衛様っ、この人たちが……私に無理矢理……!」
「へええええええ、無理矢理ねぇ?」
半兵衛の無双ゲージが一気に限界まで回復した。
言い訳をしようにも、あの状況下でどんな言い訳ができよう。
男たちは真っ青に顔を青ざめさせ、一目散に逃げていった。
と、その先を緑の巨大な柱が地面から伸び、行く手を遮った。
「あ、あわわわ……」
しりもちをついて見上げると、それは柱などではなく、巨大な鬼の手だった。その背後から、緑の光の宿った球体を手にした男がすっと現れる。
「か、官兵衛殿……」
表情は読めない。いつものように無表情で、喜怒哀楽らしき感情はない。
だが、これは確実に怒っている。
官兵衛はゆっくりと男達に歩み寄ると、すっと冷えた視線で見下ろし、
「乱世の火種よ、潰えよ」
その瞬間、男たちは空の彼方へと吹き飛ばされた。
そして、ばたんと落下した地点には、ねねと子飼いの将たちがいた。
「やだ、どうしたのあなた達。こんなにぼろぼろになって……」
と心配そうな顔で駆け寄る。
ねねならばきっと自分たちの弁解を聞き届けてくれるに違いない。
「じ、実は殿が……」
と、言いかけて、ねねの手にする刃にはた、と気づく。
どうしたの? とにこにこと笑顔を浮かべているが、その両手には鋭い刃が握られており――――
「女の子をいじめるなんて、悪い子だね?」
にこりを微笑んだ。その背後にはそれぞれの武器を構えた三人の子飼いの将たちが。
男たちの断末魔の声が空高く響いた。
遠くで男たちの叫び声を聞き遂げ、はふうと息をついた。これにこりて今後は詰まらないちょっかいは出してこないだろう。
事を荒立てないつもりだったが、結局は大事にしてしまった。また虎の威を借る狐と言われてしまうだろうか。それは気になったが、その時はそのときでまた考えればいいだろう。
「半兵衛様、ありがとうございました」
が頭を下げると、
「ね〜、。あんまり、ああいう策は使わないほうがいいよ」
「ああいう事って?」
「だから〜、胸元はだけさせてキャーってやつ。俺が一番最初に来たから良かったけどさ」
他のが来たらどうすんの、と顔をしかめさせる。
「でも、半兵衛様が一番に来てくれると信じていましたから」
にこりと微笑むと、半兵衛の顔が微かに赤く染まった。
きっとこんな言葉だって策の一つに違いない。他の誰かが来ていたら同じような事を、そいつにきっと言うのだろうから。
だが、頭では分かっていても、の言葉に浮気足だってしまう自分が居て、
「ああああ、もう! そういう腹黒いのは覚えなくていーのっ!」
がしがしと髪を掻き毟り苦虫を噛み潰したような顔の半兵衛へ、はにこりと微笑みかける。
「だって私、軍師ですから」