出会い
山吹色の布地に千成瓢箪を象った旗が風にはためいている。上空は風が強いのか、音を立てて揺れるその旗は風雨の訪れの予告のようでもあったが、高虎が眉をしかめたのは悪天候などではなくその旗の意味するところである。
長政を死に追いやった憎い敵・秀吉。
現主君である秀長の兄である事を差し引いても、高虎の胸には憎しみの炎しか残らない。当然、秀長のためにもつまらぬ謀反など起こすつもりはない――――が、心からの忠誠などとうてい誓える相手ではない。
こうして秀吉の傘下に与しているのも、秀長のためを思えばこそ。もし秀長への忠心が揺るぐような事があれば、すぐさま自分は出奔するだろうと高虎は考えていた。
と、
「藤堂様、秀吉様がお呼びです」
風の音を割って、女の声が響いた。振り返れば戦場には不釣合いな小娘が立っている。
秀吉の女か。大の女好きと聞くから戦場へも女を伴ったのか――――と一瞬思いかけ、娘が軽装ながらも戦装束を纏っている事に気づく。
「あんたは……」
いぶかしむ高虎に応じるように、娘はぺこりと頭を下げた。
「と申します。秀吉様のもとで軍師をしております。以後、お見知りおきを」
「軍師……」
呟いて、そういえば両兵衛のもとで軍略を学ぶ娘がいると聞いたのを思い出す。たいそう秀吉夫妻に可愛がられているとかで、実の娘のように大切に育てられたとか。
なるほど、と高虎は胸中で呟くと、恭しくの前にこうべを垂れた。
「これはこれは、様直々に名をお呼びいただけるとは恐悦至極に存じます。しかし、私にそのような遠慮は不要。これからはどうぞ、高虎とお呼び捨てください」
過度に慇懃であると理解しつつ、高虎は深々と頭を下げた。長身の高虎が小柄なの前に膝を折るのは、忠義の現われのようであり、実はまったくの真逆である。
この慇懃無礼な態度に頭でっかちな姫様はどうするか、見てやろうという心積もりである。
高虎の主君はあくまで秀長なのだ。いくらが秀吉の“愛娘”であったとしても、それは直接的に二人の関係に影響するものではない。まして、軍師として名乗ったが、秀吉の寵愛をかさに着るような真似をするならば、軍師を名乗っていようと所詮おひい様の暇つぶし程度のものなのだろう。
そう考えつつ高虎がの返答を待っていると、
「では、高虎。あなたに一つお話があります」
の美しい声音と共に、高虎の心は落胆に沈んだ。
女だてらに兵法を学ぶ見所のある娘かと思いきや、やはりおひい様のお遊びでしかなかったのか。
そう考え、高虎の心がゆっくりと冷えていこうとしたその時、
「このっ、煩悩退散!」
声と共に、の手の平が高虎の後頭部へ水平に叩き込まれた。
「は……あ、あんた行き成り何をするっ!?」
あまりの出来事に高虎は慇懃な態度も忘れ、がばりと起き上がった。
するとそこには、先ほどのしとやかそうな顔はどこへやら、目を吊り上げて腕を組むの姿がある。
「べつに。詰まらない事を考えているようだったので、煩悩を払ってあげました」
「は、はあ?」
「だから! 軍師をあまり舐めないでください!」
びしり、と高虎の鼻先に人差し指を突きつけ、は苛立たしげな口調で続ける。
「あなたの考えている事はだいたい分かります。どうせ私の事を、おひい様のお遊び。秀吉様の威を借る狐。両兵衛の劣化版などと考えていたのでしょう?」
「い、いや、そこまでは……」
「言い訳はけっこうです! ともかくそういう勘違いをする輩には、口でとやかく言っても意味がありません。ならば実力行使です」
そう言って、ぐっと拳を作る。
「あれが、実力行使……?」
殴って意見を押し通そうとするなど、とても軍師のする事とは思えない。
と、高虎が後頭部をさすっていると、そっちじゃありません! とが声を荒げた。
「あれは無礼に対する無礼のお返しです。私のことを試すような真似をしたので、しかるべき制裁を加えたまでです。軍師の実力行使と言えば策略。この戦で私がれっきとした軍師である事を、証明してみます!」
高虎は面食らった。ずっと面食らいっぱなしではあったが、この女、少なくともおひい様などではない事だけは、策略など見る前から分かった。一国の姫君というのは長政の妻である市のように、しとやかで優しい女性の事であり、こんな凶暴な女が姫であるはずがないのだ。
「じゃあ、そういう事で。戦が終わったらもう一度会いましょうね、高虎様!」
そう言ってにこりと微笑んで、は手を振って去っていく。
嵐のように去っていったに高虎は呆然としつつも、思わず忍び笑いを零さずにはいられなかった。
なるほど。秀吉は気に食わぬが、その配下には面白いのがいるらしい。
end
アンチ秀吉が珍しかったので初・高虎。
子飼いとは別の切り口で書ければいいな、と。
微妙に続く予定。