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!CAUTION!
半兵衛がすでに没しています。怪異物です。夢っぽくありません。
半兵衛と官兵衛が仲良くありません。
それでも許せる方のみお進みください。




















深淵





 身体が金縛りにあったように動かない。胸を圧迫するような重みに、官兵衛は目をわずかに開いた。
 女だ。
 髪の長い女が、馬乗りになるようにして布団の上に乗っている。
 女の姿は薄暗闇の中でもぼんやりと明るく、闇との境界があいまいなひどく頼りない形をしていた。ただ、両の目だけが爛々と星明りを集めたように、まばゆい光を放っている。
 女はの姿をしている。
 女が婉然たる笑みを見せる。
 紅も引いていないのに、妙に赤いその唇がくっと曲線を描き、愉悦の瞳で官兵衛を見下ろしていた。
「官兵衛さま……」
 女が甘ったるい声で名を呼んだ。
 ねだる様な仕草で官兵衛の顔ににじり寄る。はだけた着物の裾からすらりと伸びた足のなんと白いことか。玉のように白い肌が挑発するように擦り寄ってきた。
 女は官兵衛の頬に手を添えると、ゆっくりと顔を寄せた。唇に笑みを含ませ、だが妙に冷たい色の瞳が官兵衛を捉えた。
 官兵衛は女の冷たい手を取ると、力を込めてねじり上げた。
 女が小さく悲鳴を上げるが、官兵衛はそれにかまわず、さらに力を込めた。
「やだ……痛い、痛い……」
 と、女が眉根をひそめて痛みを訴えるが、官兵衛はそれを完全に無視して力を込め続ける。
 みしりと音がして、このまま女の細腕を手折ってしまうという頃に、ついに女が反撃に出た。懐に隠した短刀をもう片方の手に握ると、容赦なく官兵衛に切りかかった。刃は当たらず虚空を裂いたが、その拍子に官兵衛は拘束した手を離した。
 そして女が口を開く。
「ひどいことするね、官兵衛殿は。このまま腕を折るつもり?」
 額に玉のような汗を浮かべ、女が苦笑を浮かべて官兵衛を見やる。
「いかにも。容易くあやかしに付け入られるような者ならば、余計な被害を出す前に腕を折ってしまうべきだ」
「ふーん。俺のこと、化物扱いか。相変わらず可愛げがないねえ」
 ねえ、官兵衛? と親しげな口調で女が問う。
 官兵衛は身体を起こすと、女と対峙するように居住まいを正した。
「浄土へ行かず、迷ったか。半兵衛」
 相も変わらない無表情で女の視線を受け止める。
 女はふっと笑みを浮かべると、
「官兵衛殿が心配だったから、見に来ただけだよ。はそういうのを呼びやすい体質だから、簡単に乗り移れたんだ」
「そのわりには……悪ふざけがすぎるな」
 官兵衛の低く空気を振るわせる声に、女はほうと声を上げる。
「やだなあ、ただの冗談じゃん。怒った? それともまさか、本物のが夜這いに来たと一瞬でも期待しちゃった?」
 女の哄笑が響き渡る。
 官兵衛はふうとため息をつくと、
「戯言だ。私は卿と違って、下らぬ情欲など持ち合わせてはおらぬ」
 と低い声でつぶやいた。
 女はきっと視線を鋭くさせると、手にした短刀の刃を官兵衛のあご下にあてた。
「ほんっと可愛くないよね官兵衛殿は。下らぬ情欲がなくても、悋気は持ち合わせているんだ? が他のどの男も選ばないように、命じたくせに。軍師だから? その方が将兵を動かしやすいから? それこそ戯言だよ。本当は誰よりもを独占したいくせに」
 ゆっくりと刀の柄を返すと、密接した肌にじわりと血がにじんだ。
 だが、官兵衛は動じることなく、女の目を真っ向から射抜く。
「下らぬ。卿はそんな文句を言いに、わざわざあの世から舞い戻ったのか?」
「ふん、言うねえ」
 女は忌々しそうに、だがとても楽しそうに笑い、ぺろりと短刀に付着した血をなめとった。
 薄い唇の端に、血の跡が残る。
「ねえ、官兵衛殿。どうしてを抱かないの?」
 女がすらりと帯をほどいた。
 細く艶かしい四肢が露になる。
「この子は綺麗だよ。代々、時の為政者を虜にし、心を奪ってきた常世姫だもの」
 ゆっくりと挑発するように、官兵衛ににじり寄り、その顎に手を添えた。
 ねえ、官兵衛殿? と耳元で囁く。
「自分ではうまく隠せているつもりかもしれないけど……結局、官兵衛殿もただの男だよね。俺は知ってるよ。官兵衛殿がに対して、どんな浅ましい想いを抱いているか」
 女の指先が腿の上をなぞる。
「俺が死んで――――本当はほっとしたんじゃないの? これで一つ、火種が消えたんだもの」
 腿をなぞり上げた手が、そっと官兵衛の中心に添えられた。指先に伝わる熱を嘲る様に、嗤う。
「ねえ、一言命じるだけでいいんだよ。そうすればは喜んで足を開くよ」
 ゆっくりと緩慢な動きで、官兵衛の膝の上にまたがり、体重をかける。
 くつくつとげひた笑いが唇から忍び漏れる。女の甘ったるい香りが、背筋を震わせる声が、艶かしい肢体が、爛々と輝く翡翠の瞳が、そのすべてが官兵衛の神経を逆なでする。
耳元で紡がれる言葉はまるで呪いだ。
「官兵衛さま……」
 唇から漏れたのは、まごう事なきの声音。
 甘えるように、誑かすように、蕩かせるように、奪うように――――注がれる碧の熱っぽい視線が、官兵衛の封じた心の奥底を揺さぶりかける。
「官兵衛さま、お願いです……抱いて」
 の柔らかな唇が、そっと官兵衛のそれに重なった。互いに目を閉じることもせず、至近距離で見詰め合う。
 と、その瞬間だった。
「……っ!?」
 視界が反転したかと思うと、の身体は褥の上に押し倒されていた。夜着の乱れた官兵衛の身体がその上から覆いかぶさる。
 ついに篭絡したと女が勝ち誇った笑みを浮かべた瞬間、官兵衛がの名を呼んだ。
「起きよ、
 女が官兵衛の意図を察し、はっと目を見開く。
「無駄だよ! いくら呼んだって、は俺が抑えてるんだから――――
 明らかにうろたえた声。だが、官兵衛は止めない。
「何をしている。私の命が聞けぬのか」
 静かだが、有無を言わさぬ絶対の声に、女はびくりと背筋を震わせる。
「起きよ、いつまで寝ている」
「やだ! やだやだ、俺まだ消えたく――――

 娘の名を呼ぶと、女はかぶりを振って悲鳴を上げた。
 そして、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。
 両眼は桜貝のような瞼に閉ざされ、娘は気を失った。







 昨晩、半兵衛様の夢を見たのです、と――――
 桶に入った花を墓前に供えながらが言った。
「半兵衛は息災だったか」
 と、死者に対するにはいささか奇妙な物言いで尋ねる。
「はい、お元気でした。私や官兵衛様の事を、とても心配されていましたよ」
「心配?」
「ええ。は守りが弱いんだから戦では突出しないように、官兵衛様は偏食になりがちだから野菜も食べるように、だそうです」
「なんだそれは」
 まるでおねね様みたいですよねえ、とが笑う。
 その表情には昨晩見せた妖艶な面影はかけらも残っていない。
 やはり悪霊が取り憑いたか、と官兵衛は半兵衛の墓石を見やる。
 真新しい石柱には菊の花が添えられ、線香の煙がゆるゆると空に昇っていた。
 これほど真面目に弔っていても、化けるものなのかと官兵衛は怪訝に思った。
 いや――――あれが半兵衛の霊だったかどうかは、判然としない。半兵衛の名をかたる悪霊だったのかも知れないし、官兵衛の心の闇が見せた幻惑だったのかも知れない。
 半兵衛に対して己が感じた罪の意識が、の口を借りて恨みを発したというなら、それは即ち己自身が抱え続けている背徳感だ。
 呆然とたたずむ官兵衛に、が怪訝そうな顔を向ける。
 そして、
「どーしたの、官兵衛殿?」
 と。
 嗚呼、死に捕われているのは私の方か――――



end


変な夢を書いてしまいました。
ゲームでの半兵衛はけっこう綺麗に逝っていますが、もしも内心恨み辛みを抱えていたらなあ、と妄想した結果、こんな意味不明の話に。
結局、に乗り移ったのが、半兵衛の霊なのか、官兵衛の生み出した幻なのか、(あるいはの作り上げた別人格なのか)は皆様の想像にお任せいたします。