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 幸せになれる花というのがあるならば、
 君のために捧げよう。
 何本でも、何十本でも、
 君が幸せになれるなら。




幸せの花





「うぇ?」
 素っ頓狂な声が響いた。
 元就は怪訝な顔を半兵衛に向けたが、半兵衛もまた不可解といった顔を元就に向けていた。
 元就の屋敷から少し離れた湖畔での一幕。織田・毛利の和議をより強固なものにするよう仰せつかって中国へとやって来た半兵衛だったが、早々に長ったらしい会合に飽き、官兵衛との目を盗んで、ここへ昼寝に訪れたのだ。
 その半兵衛が目にしたのは、湖のほとりで花を摘む男の姿。
 半兵衛が思わず声を上げてしまったのも、当然と言えば当然。
 六十間近のぼさぼさの髪の男が――――いや、髪が寝癖ではねているのは、この際全く関係ないが――――、花畑に膝を付いてぶちぶちと花を摘んでいるのだ。しかも、ちょっと微笑みながら。
 一瞬、あれはきっと薬草の一種に違いない、と思い込もうとした半兵衛を、誰が責める事ができるだろう。
 とは言え、元就の皺の刻まれた手に握られているのは、半兵衛でも名を知る花ばかり。明らかに観賞用として手にしているのはもはや誤解のしようがない。
「どうしたんだい、半兵衛? そんな所で呆然として」
「いや、元就公こそ何してるんですか」
 質問に質問で返すと、元就はん? と不思議そうな顔をした。
 そして、半兵衛の視線が元就の手にした花に向けられていると分かると、
「ああ、ちょっと花をね……」
 照れ隠しに笑みを浮かべる。
「あの……、こう言っちゃ何ですけど、あんまり似合ってないですよ……?」
「そうかい。似合ってないか」
「まあ、花摘みの似合う男ってのもどうかと思うけど、元就公がそうしてると特に……」
 いつもの調子で軽口を叩いてしまったが、元就は気にした風もなく、わずかに苦笑を浮かべただけだった。
 ただ、どことなく、嬉しそうな顔をしているのは自分の気のせいだろうか…。
 薄気味悪いものでも見るように半兵衛は、黙々と花を摘む元就の姿を呆然と眺めていた。
「花なんて、一体なんのために?」
 独り言のつもりで呟いた言葉に、元就はハハハと笑い声を上げた。
「意味などないさ。ちょっと散歩に出ていたんだけどね。屋敷へ戻る途中でたまたま見かけたから」
「だからって、大の男がそんなに夢中になります?」
「夢中? 私がかい?」
 自覚がなかったのか、元就は驚いた顔を見せた。そんな顔をされれば、逆に半兵衛の方こそ戸惑ってしまう。
「え、だって、何だか嬉しそうな顔してたし」
「嬉しそう……か。そうだね」
 その言葉には思い当たる節があるらしい。元就は独り頷きながら、今度こそ明らかに上機嫌と言った顔で花を摘む。いよいよ半兵衛には意味が分からない。
「元就公〜、いい加減教えてよ。なんで花なんて摘んでるんですか」
 しびれを切らした半兵衛に、元就は微笑みを返す。
「大した事ではないのだけどね……。何となくこの花の群生地を見ていたら、昔聞いた噂話を思い出してね」
「へぇ?」
 元就が噂話とは珍しい。半兵衛は好奇心をかられ、身を乗り出して聞き入った。
「この湖のほとりには、“幸せの花”というのが咲くらしいんだよ。摘めば摘むほど幸せになるという、夢のような花がね」
「ふーん。でも、その花がどういう花かなんて分からないんでしょう? 何せ“幸せの花”なんだから」
 決まった形があるのなら、それこそこの世のどこにもそんな花は残っていないだろう。この戦乱の世において、そんな花があるのなら、真っ先に強欲な者達に刈り尽くされているはずだ。
「ああ、だから本当は、そんなものは極楽浄土にしか咲かないのだろうね。私が何本手折ろうと、幸せの数など変わりはしないよ」
 だと言うのにポキリと、元就の無骨な指先が花の茎を手折る。
「本当に何となく、なんだけどね……。何となく、摘んで帰ったら喜ぶかと思って、気づいたらこの有様だよ」
 笑いながら、すでに何十本にもなった花束を見せる。
「べつに一本でも百本でも変わらないのだろうけど、あの子はたまに寂しいそうな顔をするから……たくさん渡してやりたかったんだ。抱えきれないくらいに。あの子がずっと、幸せになれたら良いと思って」
 ああ、そうか……
 元就の笑みの正体を、半兵衛は直感的に感じ取っていた。
 これは“祈りの花”なのだ。
 何本捧げようとも幸せにはならないかも知れない。だが、その一本一本に元就の指先から込められた祈りが宿る。
「なんだかなぁ」
 老年の男の少女のようないじらしさに、半兵衛はこそばゆいような、恥ずかしいような気持ちを味わっていた。相手が元就でなければ、大声を上げて笑っているところだ。
「あぁ、っもう、絶対にこんな所、子飼い達なんかには見せらんないな〜」
 ぶつくさ言いながら、半兵衛は元就の隣りにしゃがみ込むと、大雑把な手つきでプチプチと花を摘み始めた。
「半兵衛?」
「ほら、俺も手伝いますから、早く摘んで帰りましょうよ。早く帰らないと、が探しに来ちゃうかも。こんな所見られるの、いくら俺だって恥ずかしいんだから」
 ほらほら、と呆れた様な顔で急かすが、半兵衛なりに元就を気遣ったつもりなのだろう。ぶちぶちとまるで雑草でもむしるように、両手で花を手折る。
 そして、
「それに……ま、どっちかって言うと、俺もには幸せになって欲しいしね」
 




 幸せになれる花というのがあるならば、
 君のために捧げよう。
 何本でも、何十本でも、
 君が幸せになれるなら。




end


花を摘む老人。
元就公なら意外と可愛いかもしんない。
最初、官兵衛殿で書いてたんですが、さすがに異様だったので配役かえました(笑)