残像03
目覚めると自室の天井がぼんやりと広がっていた。どうやらあのまま気を失って、部屋に戻されたらしい。
片目は腫れて使い物にならなかったが、元より霞みかけた視界は大して役には立たなかった。
「お前は馬鹿か」
枕元に座る人影が、懐かしい声を発した。
視線を向けると仏頂面の三成がの枕元に座っている。
「珍しい……」
は淡い笑みを浮かべて、身体を起こした。まだふらつくが、それが秀吉によって打たれたものか、病のせいであるのか判然とはしなかった。
仏頂面の男は和紙で包装された箱を手渡すと、秀吉様からだ、と短く告げた。
我に返ってから自分のした事に後悔を感じたのだろう。開くと、小粒の金平糖がぎっしりと詰まっており、それと同じ箱が部屋の隅に山のように積み上げられていた。
こんな物で機嫌を取れるとでも思ったのか……いつまで経っても子ども扱いだ、とは打たれた事さえ忘れ笑ってしまった。
「あの方はもう変わってしまわれたのだ。詰まらぬ話をして、ご機嫌を損ねるな」
そっけない言葉だったが、それでもの身を案じてはいるのだろう。もし虫の居所が悪ければ、手打ちになっていた可能性もあったのだ。そう考えると、激昂はしていてもには加減が加えられたのかもしれない。
「お前は馬鹿だが、秀吉様の寵臣ではある。勝手に死なれると家中の均衡が崩れて迷惑だ」
こんな時まで憎まれ口しか叩けない弟分が、には可愛く感じられた。三つ子の魂百までと言うが、三成の口の悪さや屈折した優しさは、時が経っても変わらない、と。
「官兵衛を呼び戻そうとしたらしいな」
ふと口にしていた三成の言葉に、は少し驚いて見せた。
「聞いていたの?」
疑問を口にすると、そんなはずがあるか馬鹿が、と容赦なく罵詈が返って来る。
「太閤殿下の部屋に一人も忍びがおらぬとでも思ったか? 貴様の目も耄碌したな」
なるほど。確かに言われて見ればその通りだ。いくら身内のようなものであっても、様々な思惑が交差するこの伏魔殿で秀吉と二人きりで会話が出来るはずがない。
の目が正常であったならそれに気付いていたかもしれないが、今はもはや主の思い通りの物は映さない。だからこそ、堂々と忍びを放つ事が出来たのだろう。
だが、誰の手の者にしろ、その会話がすでに三成の耳に入っているというのは驚きである。しばらく見ぬ内に、三成もまた伏魔殿の住人となってしまったのか。
「官兵衛を呼んでも無駄だ」
「なぜ?」
「煩い家老どもが許さぬだろうし、官兵衛もみすみす殺されると分かって九州を動いたりはせん」
それに――――、いいかけて三成は視線を遠くに放った。
「俺とて、官兵衛の味方ではない。奴が大阪城に乗り出したのなら、邪魔をせんとも限らぬからな」
は目を見張って三成を見つめたが、やがて諦めたように目を伏せて、力なげにそう……、と呟いた。
いつの間に、この家はこんなにも傾いてしまったのだろう――――
皆が笑って暮らせる世を、寝て暮らせる世を、泰平の世を、目指しただけだというのに。
家族は離れ、皆胸に各々の意思を灯しつつある。決して乱世を望んでいるわけでも、野心で天下を獲ろうとしているわけでもないのに、なぜ道を違えてしまったのか。
「清正や正則とは会っているの?」
何気なく他の弟分の事を口にすると、三成は言いにくそうに口ごもった。
「奴らとは袂を分かった。今はもう……敵同士だ」
遠くない未来に、やがて刃を交える時が来るだろう――――
確信に近いはっきりした口調で告げられた未来を、はただ呆然と聞いていた。
実の親子や兄弟でさえ争う時代なのだ。血が繋がっていなければ、なお更だろう。
だが――――
「乱世は終わったのではなかったの……?」
ぽつりと呟いた言葉に、三成は答える事が出来なかった。
泰平と呼ぶには秀吉の天下はあまりに危うすぎる。確かに誰かにとっては笑って暮らせる世を与える事が出来たのだろう。だが、別の誰かにとっては、それは新たな乱世の幕開けでしかなかった。
「お前は生きろ。生きて、その目で次代を見据えろ。それがお前の役目だ」
それだけを告げると、三成は立ち上がり去っていった。
それがと三成が交わした、最後の言葉だった。
end
あまり夢らしくなくてすみません。