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!CAUTION!
秀吉の晩年の豊臣家の話です。
秀吉が耄碌、一家がばらばらになりつつあります。
秀吉がDV属性、病んでます。
全体的に悲しいテイストの話なので、それでも許せる方のみお進みください。




















残像02





 一瞬、能面のような顔を見せた秀吉だったが、すぐに顔に笑みを浮かべると、
「いくら久しぶりに会ったとはいえ、冗談はなしじゃ」
 と笑って見せた。
「冗談では――――
「何を馬鹿な事いってるんさ。おみゃあの病はさじがいなけりゃ悪くなる一方じゃ。それだって、完全に止めていられるものでもにゃあ。この城を出れば、そりゃあ死ぬって言ってるのと同じなんじゃぞ」
 そんな事より菓子を食え、と秀吉は鮮やかな砂糖菓子の詰まった菓子鉢をの方に差し出した。自身も手の平でそれをすくい上げて、ぼりぼりと噛み締める。
 渾身の頼みを冗談でかわされて、は悲痛な表情で秀吉を見つめた。だが、秀吉は顔を合わせようとしない。今年の春は遅いのう、などと言いながら欄干の向こうに目をやっている。
「秀吉様……」
 はもう一歩、前へと出た。秀吉の皺だらけになった手に自分の両手を重ね合わせる。昔のように張りはなかったが、その温もりは変わらない。とと様であろうとしてくれた頃の、秀吉のままだ。
「どうぞ分かって下さい。私の寿命はとうに尽きております。薬と加持祈祷によって命を永らえた……生ける屍と変わりません」
 だから歳を取らない。本来死ぬはずであった歳のまま、時が止まってしまっている。
 本来の生の理を捻じ曲げ、歳も取らず、日々痛みに耐えるだけの身体を、果たして……人間と呼ぶ事が出来るのだろうか。
 秀吉はを見なかったが、言葉は届いていた。
 まるで子供がするように唇を尖らせて拗ねた顔を作る。
「それがなんだっちゅうんじゃ。の身体は温かいし、柔らかい! 息もしとるし、飯も食う! 生きとるっちゅうことじゃろう!」
 バン! と手を叩きつけて、金平糖を入れた鉢がひっくり返った。鮮やかな色の砂糖菓子が、畳の上に広がって転がる。
「秀吉様……」
 秀吉は唇を強く噛み締めると、の腕を引いて自分の胸の中へと引き寄せた。
「おみゃあはわしの娘じゃ! 仏にだって閻魔にだってやらん! ずっとここにおればええ! 死ぬまでわしの側におればええんさ!」
 骨と皮だけになったか細い腕は、老人の力と思えぬほど強くの身体を抱きしめた。痛いほどの抱擁に、は今にも泣きそうな顔になる。
 どんなに――――この人に愛されて来たのか、大切にされて来たのか、それがわからぬわけがない。名もなく、親も、帰る家も失ったを、我が子のように育て慈しんでくれたのはこの人だ。ねねと一緒に、まるで愛娘のように、大切に、大切に、守ってくれたのは。
 それを知っているからこそ、胸が潰れそうになる。
「秀吉様、どうか……」
 今にも途切れそうなか細い声で懇願すると、秀吉の表情が豹変した。未だかつて見せた事のないような激しい憤怒の形相を浮かべ、の身体を突き飛ばしたかと思うと、扇子の端での白面を打った。
「おみゃあもか! おみゃあもわしを裏切るんか!!」
 一打ち、二打ちと、力任せに顔を打ち付ける。
「信長様も、光秀殿も、柴田殿も半兵衛も! 皆、わしを置いて……わしを残して逝ってしもうた! おみゃあもわしを見捨てるんか!」
 まるで子供の癇癪のように、秀吉はを打った。
 やがて肩でぜいぜいと息を切らし、手を止めると、目元から血を流すの顔にはっと我に返る。珠玉のように大切にしていたというのに、自分で、その手で傷つけてしまった事実に、罪悪感と自己嫌悪で胸が悪くなる。
 自分の惨めさに、秀吉はむせび泣いた。それこそどちらが子であるか分からないほどに、子供のように声を上げて泣いた。
……わしを置いていかんでくれ。わしにゃあ、もう何がなんだかわからんのじゃ。誰が味方で誰が敵なのかも、ようわからん。わしゃあ、もう裏切られたくないんじゃ……」
 はむせび泣く秀吉の背中をさすった。
「大丈夫。誰もあなたを裏切ったりしません。皆、あなたを愛しています」
「本当か? 本当なんか!?」
「ええ……」
 いつから――――この人はこんなに弱くなってしまったのだろう。
 は秀吉の背をさすりながら思った。
 かつて、この人の周りにはこの人を慕う者達が大勢いたはずだ。それがいつの頃からか、一人離れ、二人離れ。
 疑心暗鬼に囚われた秀吉は、子飼いに厳しくあたり、官兵衛を遠ざけた。そして最愛の妻であるねねでさえ――――広い屋敷の中で遠く離れた場所に置いた。
 皆が笑って暮らせる世を築いたこの人は、その代償に自らと家族の微笑を失ったのだった。
「秀吉様。どうか官兵衛様をお引き戻しください。そして、どうか声にお耳をお傾けください」
 それがこの崩れかけた城を建て直す、一番の策だとは信じていた。
 官兵衛は決して清き軍師とはいえない。だが、目的のためならば正しき道を示し、奸臣を退ける力と知恵を持つ。秀吉と官兵衛がもう一度手を取り合う事ができれば――――
 だが、秀吉の心にはの言葉でさえ届かなかった。
「ならん! 官兵衛はわし亡き後の天下をねらっとる! そんな奴にわしの後を任せられるか!」
 やはりお前も官兵衛と同じか――――
 秀吉の激昂は怒りとなって、再びを打った。
 打たれる痛みの中ではただ、崩れ行く大阪城の行く末を憂えた。





end



わわわわ、秀吉がDVですみません……
晩年の秀吉については様々な評価が下されていますが、
この話では耄碌と疑心暗鬼で周りの人間を遠ざけたものとしています。
ヒロインを猫かわいがりしすぎるのもそれ故。
あ、尾張訛りは適当です……