「残像」の外伝、官兵衛サイドの話です。
「残像」のネタバレがあるので、未読の方は先にそちらをお読み下さい。
全体的に悲しいテイストの話なので、それでも許せる方のみお進みください。
私は夢を見ている。
懐かしい光景の中に在りし日の仲間の姿を、思い描いている。
呼ぶ声も、微笑みかける顔も、あの日のまま。
だが、私はそれが残像であり、残響である事を知っている。
それでも、夢を夢だと知っている私は、同じ日の夢を繰り返し見続ける。
それが泡沫の夢に過ぎないと知りながら――――
残響
季節外れの蛍が闇の中からすうと現れ、碧の光を放ちながら寝所に入り込んだ。
光の線を描くように虚空を飛び回ると、膨らんだ布団の上に止まり、ちかちかと光を放つ。
「何のようだ、亡霊」
褥に横になった男――――黒田官兵衛は、目を閉じたまま、皺の刻まれた口元を小さく動かした。
蛍はふっと瞬くと、
「亡霊とは失礼な」
白い軍衣を纏う青年へと姿を変え、官兵衛の枕元へと降り立った。
生前と変わらない飄々とした表情に口元に笑みを浮かべて、床に横になったままの官兵衛を見下ろす。
「官兵衛殿、すっかりおじいちゃんだねぇ」
と揶揄する声に、
「当然だ。卿のような亡霊と一緒にするな」
と、官兵衛が不機嫌そうな顔で返した。
生前と同じようなやり取りに半兵衛は微笑を浮かべつつ、官兵衛の枕元に腰を下ろす。
「今日は俺、官兵衛殿に頼みがあって来たんだけど」
官兵衛は顔をあげると、ちらりと半兵衛を見やった。いつもにやにやと不謹慎な笑みを浮かべていたこの男にしては、殊勝な顔だとふと思う。
「死者が現世に干渉しようとは感心せんな」
「まあ、そう言わないで。頼みっていうのはの事だよ」
官兵衛は片眉をあげ、ゆっくりと身体を起こした。がたの来ている身体を起こすのは億劫だったが、これは死者の戯言に真面目に耳を貸さねばいけない話らしい。
「あれはどうしている」
問うと、目を伏せて半兵衛は首を横に振った。
「わからない。大阪城にいるのは確かなんだけど、見つからないんだ」
官兵衛殿、知らない?
半兵衛の問いに官兵衛も同じように首を振った。
「定期的に文は届く――――が……」
何か違和感を覚える。自分の事は一切触れず、官兵衛の身体の事や、周りの人間を気遣う言葉ばかりが綴られたそれ。官兵衛の問いにも、己の事を聞かれた部分だけ、まるで読み飛ばしているように答えない。
「あれは、おそらく……」
語尾を濁した官兵衛に、半兵衛は顔を曇らせ俯いた。
「そっか……。やっぱり官兵衛殿もそう思うんだね」
「確証はないがな」
何一つ確かなものはない。が、が黙って大阪城に留まり続けるのは、明らかに不可解だ。
何かそう成らざるを得ない、事情があるに違いなく、おそらくそれは半兵衛と官兵衛が予測している物と合致するのであろう。
「ねぇ、官兵衛殿。を探してよ」
半兵衛が半透明の指先で、官兵衛の袖を引いた。それは実際には官兵衛の身体をすり抜け、空気を掴んだに過ぎないが、官兵衛は確かに半兵衛の存在を感じていた。
「俺が確かめたいけど、何か変な力が働いててうまく入れない所があるんだ」
ねえ、頼むよと半兵衛は透明な指先で官兵衛に縋り付く。
だが、官兵衛は首を横に振った。
「無駄だ。卿は私が今まで何もせず、黙って見ていたと思うのか」
半兵衛ははっと目を開き、そして俯く。
官兵衛とての身を案じなかったわけがない。四方を尽くし探らせ、大阪城に住まう人々に安否を尋ねた。だがどれほど忍びを放とうとも、どれだけの人間に尋ねようとも、明確な答えは返ってこなかったのだ。
誰も彼もが口を噤み、まるでの名を口にする事が禁忌であるかのように、黙り込む。
おそらく――――皆、官兵衛と同じ事を考えているのだ。がどこに消えたのか、どうなったのか、薄々感ずいている。だが、秀吉の膝元でそれを堂々と口にし、糾弾する事など誰が出来ようか。
「でも……このままでいいはずがない」
半兵衛はすくっと立ち上がると、官兵衛に向かって手を伸ばした。
「官兵衛殿。大阪城へ行こう! 行って秀吉様に問いただそう!」
死者の手の平は白く頼りなさげに見えたが、半兵衛の声は力強かった。
「無駄だ」
「どうして」
「秀吉様は私を疎まれている。私が行ったところで、いい顔はしまい」
「でも、のこと放っておけないよ!」
官兵衛殿が動かないなら、俺毎日化けて出てやるから!
と、半兵衛は官兵衛を脅す。
蜀の諸葛亮は死んだ後も司馬懿を脅かしたと言うが、当代の今孔明は死んだ後も人をこき使うのか。そんな事を思いながら、官兵衛はふうと深い吐息をつく。
「情報が得られなければ、すぐに私は戻る。良いな」
そう告げると、半兵衛は死人のくせに顔を明るくさせうん! と頷いた。
半兵衛の青白い顔を見ながら、官兵衛は幾年ぶりに会う事になる豊臣の面々の顔を思い浮かべていた。
end
いきなりですが、半兵衛死んでます。
時期的には「残像」第三話の後ぐらい。秀吉はまだ存命です。