残月05
忍び込むと言うほど不法を働いたわけではなかったが、正しい手順を踏んだ来訪ではない。
三成の素性を隠し、俺の部下だと偽って左近は城の中へと入り込んだ。
表向きは軍師たちの会合だが、それは単なる隠れ蓑に過ぎない。
「俺は監視を付けられるでしょうが、その間殿は自由です。ただし、大胆な事はしないでくださいよ。あくまで秘密裏に調べる、そのための登城なんですから」
分かっている、と三成は不機嫌そうに応えた。左近が案ずるのも無理ないが、何度も釘を刺されいい加減うんざりしてきたようだ。
とは言え、左近にして見れば主を危険に晒すわけにはいかない。あのままでは正面から乗り込みかねないため苦肉の策の果てに使用人と偽って連れてきたわけだが、忍びが命を落としているとなると決して気を抜く事など出来ない。
あくまで秘密裏ですからね、ともう一度釘を刺し、左近は会合へと向った。
その背中を不満そうな顔で見送ってから、三成は城内の地図を取り出した。
左近のしたためたそれによると、始末された忍びは地下を探りに行っていたらしい。
まさかがそんな所にいるはずがないと、前回は足も向けなかったが、もしそこに囚われているならばまったくの盲点である。
三成は髪を後ろに結い上げると、簡単な変装を施して、地下へと向った。
成金趣味で固められた城内と異なり、地下へと続く道は質素で寂しげな造りとなっていた。夏だと言うのにひんやりと涼しく、冷気すら感じる。
壁際に立てかけられた行灯のぼんやりとした頼りなさげな光を頼りに、三成は奥へと進んだ。
やがて複雑に入り組んだ道は、一つの頑強な扉へと繋がった。
武器庫か何かなのか、装飾の施されていない漆黒のそれは、闇に沈んでまるで異界へ繋がる扉のように見えた。
武器庫ならそのまま素通りする所だが――――見張りが二人付いている事に違和感を覚えた。左近の地図にもこの先の巨大な空間が、何のためのものであるかは記されていない。
ふむ、と三成は腕を組み、ゆっくりとした足取りで扉へと向った。
「何者か!」
三成の気配に気付き、槍を手にした見張り達が一斉に注意をこちらへ向けた。
目が殺気立っている。怪しい者は始末して良いと命じられているのだろう。
「俺が誰か分からないのか?」
三成はふんと鼻を鳴らすと、傲岸な態度で二人の眼前に立った。
なに? と二人は訝り、眼前の人物が佐和山城主・石田三成である事に気付くと、慌てて膝を折った。
「こ、これは石田三成様。なにゆえこのような所に……」
こういう時に肩書きは役に立つ。秘密裏に、とは言われているものの、この場合は名乗った方が効果は高いだろう。
「の加減を見に来た。良いのか?」
突然の三成の来訪に見張り達は戸惑ったようだが、の名を聞き安心したのか、いえ……と首を横に振った。
「匙殿の薬で安定されているようですが、うなされる声がここにも。加持師の先生は決して出してはならぬと仰っておりましたが、やはりあの札は異常では……」
札と言う言葉に、三成はあの奇怪な護符の事を思い出した。
やはり何かある。
「秀吉様にご許可は戴いている。通せ」
三成は見張りの身体を押しのけ、扉に手をかけた。だが、見張り達の手にした槍が三成へと向けられる。
「な、なりませぬ! 何人も術の執行を妨げてはならぬと、先生のお言いつけを受けております!」
「俺に逆らうのか」
「されど、我らは太閤様のご意思に背くわけには参りませぬ! どうぞお引き取り下さい!」
瞬間、三成は鉄扇を開くと、男たちの脳天に向け一閃を放つ。
男は呻き声を上げて卒倒した。命までは取っていないが――――面倒には変わらない。彼らが目覚める前までに、事を済ませるしかないだろう。
三成は小さく舌打ちすると、男の腰元から鍵束を奪い、漆黒の扉を開いた。ぎぃぃっと重々しい音を鳴らし、観音開きの扉が開く。
扉の奥はまるで氷室のように静謐で冷涼だった。薄暗いがまったくの闇ではなく、奥の方から紅い光が漏れている。
ゆっくりと歩を進めると、そこには黒い格子が四方を囲み、だだっ広い部屋の中に大きな座敷牢を造り上げていた。
「囲い……閨」
三成は呆然と佇んだまま呟いた。
文献やの話から聞き及んでいた、常世姫の寝所――――初めて目にするが、その巨大な座敷が部屋の中に組まれているのである。
絢爛な装飾は秀吉の趣向なのか、格子で囲まれた座敷牢の中に、四季折々を思わせる花や風流な造詣が所狭しと置かれている。
作り物の桜はちらちらと舞い散り、苔のむす岩で作られた溜池には鯉が泳ぎ、山清水に見立てた小川を造る。小川の支流を辿るとやがて水面には紅葉が映り、金や茜の落葉が地面を覆った。そして冬の面には雪が辺りを埋め尽くし、野兎や鶴が雪原にひょこりと顔を出す――――
そんなこの世の雅な物をすべて閉じ込めたような異様な空間に、三成は顔をしかめた。
と、天堂を描いた金色の屏風の端から、紅い内掛けが覗いていた。
「!」
三成は座敷牢に駆け寄り黒い組み木に手を伸ばした。触れた瞬間、その一本一本に先日見た札と同じ文様が刻まれている事に驚愕する。
病人を擁するにはこの部屋はあまりに異常だ。
「だれ……?」
格子の奥から弱々しい声が響いた。
屏風の向こうの紅い内掛けが、衣擦れの音をさせる。
するする、するする、と畳と擦れる音は次第に近づき――――
「……」
三成は格子の向こうに、懐かしい顔を見つけた。
end
ここは「残響」で官兵衛が訪れたのと同じ場所です。