Text

!CAUTION!
「残像」シリーズの外伝、三成サイドの話です。
「残像」「残響」のネタバレがあるので、未読の方は先にそちらをお読み下さい。
全体的に悲しいテイストの話なので、それでも許せる方のみお進みください。




















「いっそ夜のうちに死んでしまえたら楽だったろうに」
 秀吉の呟きに、粛々と酒を煽っていた三人は顔を上げた。
 月見台から仰ぐ空に妨げる物はなく、白み始めた空が眼前に広がっている。
 月だ――――
 日の光に侵食されて、じわじわとかき消されていく月が、西の空に浮いている。
「哀れじゃのぅ。お天道様の前に晒し出されて苦しんどるわ。誰ぞ一思いに殺してやれたらええんじゃがなぁ」
 呟きながら、秀吉は順々と子飼い達の顔を見やった。酒に酔って上機嫌な姿はどこからどう見ても好々爺だが、酒気を帯びた虚ろな瞳の深淵はどこかぎらぎらとしている。
 のう清正、と名を呼ぶ。
「わしぁお月さんは好きじゃが、あんな弱った姿は見ていて忍びないんさ。ここに弓と矢があれば、お前撃ち落してくれるか?」
 清正は恐縮しつつも、はっと短く応答した。
「秀吉様がお望みであれば」
 そうかそうか、と秀吉は愉快そうに笑い声を上げた。
「正則は?」
「う……まぁ、叔父貴がどうしてもって言うなら、やるけどよぅ……」
 月なんか落とせるはずがないではないかと、言いたげな顔だ。だが、秀吉の命は絶対である。もし秀吉が命ずるならば、それがどんなに愚かな行為であろうと従うだろう。
 秀吉は嬉しそうに目を細める。
 そして、
「三成、お前はどうだ?」
 秀吉の、上弦の月のように細められた瞳が、三成を見据えた。
 三成は表情を変えず、注がれた杯に一口、口を付けると――――
「話になりませんね」
 とても一晩中飲み明かしたとは思えぬ、涼やかな眼で秀吉の顔を見返した。
「ほう……?」
「月など殺せるわけがない。あれは勝手に死んで、勝手に甦るのです。届かぬ物に矢を向けても無駄なこと」
 おい、と清正が低い声で声をかけた。
 そんな事は分かりきっているのだ。
 秀吉の問いはそんな答えを期待しているのではない。太閤である自分のために愚か者になれるかと、問うているのだ。
 この手の問いかけは、猜疑心の強い秀吉には少なくない。少しでも躊躇えば手ひどく罰を受け、最悪の場合要らぬ嫌疑をかけられ首が飛ぶ。それほどまでに、太閤・秀吉は苛烈なのである――――否、耄碌したと言うべきか。
 この始末の悪い踏み絵は、いかに子飼いと言えども除外されない。流石に首が飛ぶとまでは行かないが、秀吉の機嫌を損ねるには十分な効果を発揮する。
 早く訂正しろ、と清正は視線で訴えかけた。
 秀吉の怒りは苛烈である。いくら三成といえども、ただでは済まないだろう。
 だが、三成はそ知らぬ顔で、秀吉の見る見るうちに険しくなる顔を見返していた。
 それに……、と続けるように呟いて、
「好いているのなら、いずれ殺してしまっては後悔なさることでしょう。むしろ勝手に消えぬよう、秀吉様のお膝元に置かれれば良い」
 まさかその様に返すとは思わず、清正はあっけに取られた。
 うまく返したつもりだろうが――――秀吉の表情は未だ固い。能面のような顔で三成を見やると、
「ふふ……ふふふふ」
 ――――笑っている。
「ふふ、ふはははは、はははははは」
 秀吉はばんばんと膝を手で叩きながら、腹を抱えて笑った。
 楽しんでいるのか――――それとも怒っているのか、まったく分からない。正則は不気味なものでも見るように、哄笑する秀吉を眺めていた。
「なるほど、そうじゃな。その通りじゃ。月を繋ぎ止めるとは、さすがにわしも思わんかった」
 そして、パンパンと手を打ち鳴らすと、誰ぞと座敷の向こうへ声をかけた。
 太刀を携えた小姓が襖の向こうから姿を現す。
「三成に何ぞ褒美をやれ。愉快じゃ! わしぁ、久しぶりに愉快な気持ちじゃぞ!」
 どうやら三成の知恵は良い方へ働いたらしい。マジかよ、と正則が口をあんぐりと開けている。
 秀吉ははっはっと笑い声を上げながら、上機嫌で酒を注いだ。
 透明な雫がなみなみと注がれ、その上を細かに砕いた金箔が揺れている。
「あぁ、綺麗な月じゃなぁ」
 秀吉は白みかけた空を眺めながら、満足そうに呟いた。
 月を落とした白酒をぐいっと仰ぎ飲み、
「嗚呼、本当にきれぇな残(のこ)んの月じゃ」




残月






end



「残月」とは、明け方まで残っている月のこと。
ヒロイン全然出てこなくてすみません。