たおやめ 04
帰って来たと半兵衛の姿を確認し、ねねはぴしりと固まった。
二人とも顔や着物は土に汚れ、髪も乱れてぼさぼさになっている。しかも、はなぜか半泣きで、すんすんと鼻を鳴らしていた。
「……竹姫様、ちょっと」
ねねは半兵衛をちょいちょいと手招きし、外に呼び出すと、腕を組んでにじり寄った。
「半兵衛。もしかして、に変なことしたんじゃ……」
「違いますよ。帰り道で変なのに絡まれたんです」
「じゃあ、どうしては泣いているの?」
「それは……」
竹姫の羅刹のような顔が怖かったから……、とはとても言えない。人攫いが怖かったんですよ、と適当な理由をつけて半兵衛はその場を脱した。
そしてその晩。
昨晩の失態が身にしみたのか、は二組の布団を部屋の両端に寄せた。
「ここから入ってきたら攻撃します」
と、畳の線を指し、宣戦布告する。
ずいぶんと信用がないな、と思いつつ、昨日の事を思い出しそれも仕方ないかと思い直す。
渋々と壁際の布団にもぐりこむと、じっとこちらを見つめる視線に気づいた。
「なに?」
「いえ……もしも、半兵衛様が本当に女性だったら、と考えていました」
そうしたらどうなっていただろう。
こうして半兵衛が秀吉に仕える事もなく、と出会う事もなかっただろう。もしかしたらどこかで会っていたかもしれないが、それはもの凄くわずかな可能性といえる。
「きっとお逢いする事はありませんでしたね」
そう答えると、半兵衛はどうかな、と返した。
「たとえ女に生まれていても、俺はに会いに行くよ。会って、友達になって……うん、の一番大切な人になる」
「女同士でも?」
「女同士でも。様、そういうのお好きでしょう?」
そう揶揄すると、の布団から枕が飛んできた。
けらけらと笑いながら、半兵衛はそれを受け止める。
「冗談だよ。でも、大切な人になるのは本当。どんな時でも側にいるよ」
まるで愛の言葉を囁かれたみたいで、は照れ隠しに寝返りを打った。
「ああ、じゃあ、こういうのはどう? 俺が女だったら、が格好いい武士になって俺を迎えに来てよ」
それでめおとになりましょう、とまるで二世の契りを交わすように言ってのける。
「あー、でもはモテそうだからなぁ。競争率高そー。やっぱり俺が迎えに行くね」
白無垢を着て、輿に乗って、おしかけ女房をしてしまおう。
「出会う前から妻になるつもりの女性なんて、怖くて家に入れられませんよ」
「んー、じゃあてっとり早く既成事実を作るかな? こう……俺の色香でを誘惑して……を襲っちゃうとか!」
怒るよりもあまりに馬鹿馬鹿しくて、はぷっと吹き出してしまった。
そもそも女に組み敷かれる時点で男としてどうなのかと思うが、相手が半兵衛ならばありとあらゆる策謀を巡らし実行しかねない。
もうお婿にいけません、なんて泣いている己の姿が容易く想像できてしまった。
「そしたらの子供を産んで、立派な跡取りに育てるんだ。あ、側室は何人いてもいいけど、正妻は俺ね?」
「大丈夫ですよ。きっと甲斐性がなくて、奥さんは一人だけです」
「そう? じゃ、正妻と側室のどろどろした争いはないか。ま、あっても俺の軍略で勝つけどね」
それはそれで過激で怖い気がする。
きっと自分は奥方たちの間にはさまれて、独りおろおろとしてしまうのだろう。
「それで子供をたくさん産んで、にぎやかな家にするんだ。禄は多くなくていいから、戦には行かないで。武功も勲功もたてる必要ないよ。城の奥でこつこつ内政を見るような文官でいい」
それではまるで役立たずではないか――――
そう思ったが、半兵衛が幸せそうに語るので、は口をはさめずにいた。
「それでおじいちゃんおばあちゃんになるまで、一緒に暮らそう。俺の方が長生きしちゃいそうだけど、ちゃんと待っててくれるよね? 俺、毎日お仏壇に花を供えるよ」
それでいつの日か、眠るように逝くんだ――――
たくさんの孫に囲まれて、ああいい人生だったな、って思いながら。
半兵衛は夢の世界に想いを馳せるように、じっと虚空を見つめ、まるで物語の終わりに終止符を打つよう、お終い、と呟いた。
「壮大な夢語りですね」
実際は男女逆などではなく、半兵衛もも従軍し、いつ命が尽きるとも言えない身。そんな幸せな情景を思い描いても、現実はもっと過酷で無残だ。
「ね、そっち行っていい?」
ふいに半兵衛が尋ねた。
昨晩の事を思い出しは身を固くしたが、
「今日はもう変なことしないからさ」
という言葉に押し切られて、不承不承布団の端をめくった。
枕を抱えた半兵衛が、お邪魔します、と布団の中に潜り込む。
身体は触れない。それでもせまい布団の中で、お互いの体温を感じる。
「様。明日、竹は帰ります」
と、半兵衛が竹姫の声音で告げた。
「竹のこと、忘れないでくださいね」
まるで本当に友が去るように、奇妙な寂寥感がを襲った。
相手は半兵衛なのに、すでにこの姿には竹姫としての人格が備わってしまっている。
「はい、必ず」
が返すと、竹姫はにっこりと微笑み、静かに目を閉じた。
明くる朝、が目を覚ますと、すでにそこには竹姫の姿はなかった――――
えへへへ、と妙に上機嫌な声が上がる。一体今日で何度目になるのか、官兵衛はいい加減うんざりして顔をあげた。
文机に重なった仕事もおざなりに、半兵衛は先ほどから手の中のかんざしを目にしては、不気味な笑みを浮かべている。
「女装のせいでおかしくなったか」
問うと、違うようと半兵衛が口を尖らせた。
が、その顔すらもすっかり緩みきっている。
「これはね、と竹姫の友情の証なの! 何者にも邪魔されない絆が、俺たちの間に紡がれた証拠!」
と、手の中のかんざしをくるくると弄ぶ。
そんな物の何が嬉しいのか、と官兵衛にはさっぱり理解できなかったが、どうやら本当に友情というものが芽生えたらしい。の方もまんざらではなかったらしく、まったく同じ形のかんざしが、の髪に挿され、しゃらしゃらと涼しい音を鳴らしていた。
が女の子らしくなったとねねが喜んでいたが、果たしてそれは本当に竹姫の影響なのか、それとも――――
「ところで、半兵衛よ。卿にいくつか聞きたい事がある」
「なに?」
と、上機嫌の顔で半兵衛が振り返った。
対する官兵衛はいつもの無表情――――否、いささか不機嫌な顔で、
「忍びの手のものから卿がに触れること五十二回、いかがわしい行為に及ぶこと数回と報告があった」
上機嫌な笑みもどこへやら、半兵衛はひくりと顔を引きつらせると、恐る恐る官兵衛の顔をうかがった。
表情から感情を読み取る事はできない――――が、背後にすうっと鬼の手が現れるのを半兵衛は見た。
「弁解があるなら聞くが?」
「え、ええと……アリマセン」
官兵衛はそうかと冷たく呟くと、手にした妖気球に力を込めた。ブォンと不穏な音をたて、輝く緑の珠が半兵衛を襲い……
「あれ……竹姫様、お帰りになられたのでは?」
帰ったはずの竹姫の姿を見つけ、は驚いた顔を見せた。
「ん……ちょっと色々あってね。もうしばらくこの格好でいさせて……」
と、傷だらけの顔で竹姫が答える。
何故か満身創痍の姿を怪訝に思いつつも、帰って来てくれた友の姿に、知れずは笑みを浮かべるのだった。
end
最後はギャグというより甘めでしたね。
この子たち、いつから二世の契りを交わすような相柄になったんだろう……
と、それはともかく、「たおやめ」シリーズこれにて完でございます。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!