たおやめ 03
「さぁ、様。どちらへ参りましょう。反物を見ます? それともかんざし?」
半兵衛はうきうきと、それこそ鼻唄でも口ずさみそうな上機嫌での方を振り返った。
一方、はむすっと顔をむくれさせ、渋々といった足取りで半兵衛の後をついていく。
「まあ、どうしたのです? そのようなお顔をされて……せっかくの綺麗なお顔が台無しですわ」
「もうっ、それはいいんです!」
「何を怒っていらっしゃるの?」
とあくまで知らぬ振りを通し、しなを作って見せる。
一晩明けて男の姿に戻るのかと思いきや、何を思いついたのか竹姫はもう一晩ご厄介になります、などといい始めた。しかも、今日一日城下町の案内をして欲しいのだと言う。
どこまで役に入り込んでいるのだとは辟易したが、いまだが竹姫を女と思い込んでいると信じたねねは、それはいいねと諸手を挙げて賛同した。
ねねもねねなりに、に女同士の遊びを楽しんでもらいたいという心遣いが合ったのだが、すべてを知った今その想いは逆効果となり、半兵衛に外に連れ出されるもずっとご機嫌ナナメという状態が続いていた。
「それにこれでお相子ですわ。様も私を謀っておいででしたでしょう?」
「それは……そうですけど」
それにしてはその報復があの仕打ちとは釣り合わない気がするのだが、口にするとまた何かちょっかいを出されそうでは口を噤んだ。
事が事だけに、ねねには半兵衛の正体に気づいていた事が言い出せず、皆が正体を知っていながら誰もそれを語り出さないという奇妙な構図が出来上がっていた。
「ほら、そんな顔してないで楽しもうよ。好きなもの、なんでも買ってあげるからさ」
言って、半兵衛はの手を取り、半ば強引に近くの呉服店へと入っていった。
店内は所狭しと反物が並べられており、その色彩の豊かさには目を丸くした。
「わぁ、見てください様! この反物なんて素敵」
と、すっかり女の子になりきって、半兵衛はきゃっきゃと騒ぎながら反物を広げていく。
瑠璃紺に薄紅、浅黄色、若紫――――
色とりどりの反物が広げられるそこはまるで夢の世界のようで、思わずもぼうっと見蕩れてしまった。
戦に出るようになってから、久しくこんな鮮やかな着物に袖を通していない。ねねは男の子のようではしたないと怒るが、屋敷にいる時はだいたい動きやすい袴姿か、地味な色合いの着物だ。
べつに誰かに見せるわけでもないし、特別な日でもないし。着飾る事などすっかり忘れて、そのまま記憶の奥底に沈んでしまっていた。
ああ、女の子なんだっけ――――
ふと気づくと、半兵衛が紅梅色の反物をの顔に合わせるように当てていた。
「ああ、やっぱり似合いますわね。様は肌が白いから、淡い色がよくお似合いですわ」
そうして、あれもいいこれもいい、ととっかえひっかえ色とりどりの反物を合わせる。
とくり、と胸の奥が熱くなるのを感じた。
「竹姫様は……きっと青がお似合いになりますよ。瑠璃色とか薄群青とか」
そうして、お返しするように半兵衛の身体に反物を合わせると、なんだか可笑しくなって二人して笑った。
本当はどこかで憧れていたのかもしれない。
同世代の女の子たちが綺麗な服を着て、好きな人の話をして、こんな会話を交わすのが。
「じゃ、せっかくだから買っちゃおうか?」
「え、ええ!? そんな……駄目ですよ、高いのに。それに官兵衛様とおねね様に、なんでも買ってあげると言う人には、付いて行ってはいけないと言われています」
「なにそれ」
それじゃあ俺の気が済まないんだよね、と独りごちて、半兵衛は店内を見渡した。
そして、扇の隣に並べられた銀のかんざしを手にすると、
「これならいいでしょ?」
と小首をかしげた。
しゃらしゃらと銀の細工が擦れ合い、涼やかな音がする。
「あの……良かったのですか?」
訝しむに、半兵衛はいいのいいの! と嬉しそうに返した。
と半兵衛の髪にはおそろいの銀のかんざしが挿され、歩くたびにしゃらしゃらと小気味良い音を鳴らす。
男の半兵衛にかんざしなど無用。それこそ今のように女装していなければ使い道がないのだが、半兵衛はお揃いという事に拘っていた。
「こういうのは雰囲気が大事なの! なんか竹姫との間に友情が芽生えたみたいで良くない?」
友情――――なのだろうか。
男と女の顔が交互に入れ替わる半兵衛を前に、なんだか不思議な気持ちがしたが、先ほどの呉服屋で感じたのはそれに似たような感情な気がする。
純粋な女同士の友情ではないが、ああしてお洒落についてお喋りをするのは楽しかった。
「そうですね……」
がわずかに顔を綻ばせると、半兵衛も満足げに笑った。
それから二人はまるで女友達になり切ったように街を巡った。甘味どころで餡蜜を食し、神社でおみくじを引き、露天で風鈴を見た。
こんな穏やかな日は何時ぶりだろう。は半兵衛が女装している事も忘れ、竹姫との休日を思い切り楽しんだ。
そして帰り道。
「ああ、楽しかったぁ」
半兵衛は満足げに伸びをすると、屋敷への帰路をてくてくと歩いた。その後ろを両手いっぱいにお土産を抱えたが付いていく。
半兵衛の後姿は西日を受けて、きらきらと輝いていた。かんざしが反射しているのだと分かっていたが、まるで竹姫自身が輝いているように見て取れた。
「半兵衛様……ありがとうございました。私のこと気遣って、城下に誘ってくださったんですね」
半兵衛は肩越しに振り返ると、何のこと? と視線を逸らし嘯いた。
きっと自分が思っていた以上に、の女友達という役割をしっかりと果たそうとしてくれたのだと思う。
気まぐれなくせに、こんな所だけ律儀で優しい。は嬉しそうに微笑んで、半兵衛の隣に並んだ。
と、その時、ぴたりと半兵衛の足が止まった。
屋敷へ向かう林道の最中。木陰から人相の悪い男たちが姿を現し二人を取り囲む。
話に夢中で注意を怠っていた。もし、他国からの刺客だとしたらこの状況はまずい。
は密かに袖下の飛刀を手繰り寄せると、相手の出方を待った。
「へぇ。こいつぁ上物じゃねぇか。高く売れそうだぜ」
男のうちの一人がにやにやと笑みを浮かべながら、二人の姿を値踏みすると、周りの男たちも呼応するようにげひた笑い声を上げた。
人攫い。最近、近隣に出没するという無頼の輩か。
とりあえず刺客でなかった事に安堵し、どうしたものかとは思案した。
飛刀で始末してしまえば話は早い。
が、攫った娘が他にもいるのなら、捕らえて根城を吐かせるのが上策だ。
半兵衛もきっと同じ事を考えているだろう……、と視線をやると、半兵衛は竹姫の顔になっておびえた素振りを見せた。
「ああっ、そんなご無体な。どうかお許しくださいまし」
演技にしてはいささか熱が入りすぎているが、そうして男たちに油断させるつもりらしい。
男がへへへと薄笑いを浮かべながら、半兵衛の腕を掴みあげた。
「竹姫様!」
咄嗟にが名を呼ぶと、背後から別の男に羽交い絞めにされた。
「おっと、あんたの相手はこの俺だ」
がそで下で飛刀の柄をぎゅっと握り締めると――――
突如、ごきり、と鈍い音がした。
視線を半兵衛の方に戻すと、半兵衛の手首を掴んでいた男の腕が変な方向に曲がったところだった。
半兵衛が掴んだ腕を離すと、どさりとその場に両膝を付き、手首を抱えて絶叫を上げる。
「た、竹姫様……?」
半兵衛は自由になった両手を合わせコキコキと鳴らすと、ゆっくりとの方へと歩み寄った。
にっこりと、まるで天女のような美しい微笑を浮かべ、
「その汚い手をさっさと様から離してくださいます?」
次の瞬間、林道に男たちの叫び声が声高くこだました。
end
半兵衛さん、ノリノリです!
女装もお手の物なんてさすが名軍師!