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たおやめ02





 長風呂から半兵衛が戻り、後は寝るだけだと安心したのもつかの間。寝所では新たな受難が半兵衛を待ち受けていた。
 ぴったりと横に揃えられた二組の布団。寝返りをうったら、そのまま相手の布団に転がりこんでしまいそうなほど近い。
「あ、あの、私寝相が悪いので……」
 と、布団を引き離そうとした半兵衛だったが、気にしませんから、との笑顔で押し切られて、結局二人密接して床に入ることになった。
 二人向かい合うようにして床につく。手を伸ばせば届いてしまう距離に、半兵衛の理性がまたぐらぐらと揺さぶられる。
 こんな状況下でなければ……、とそんな事ばかりを考えていると、が竹姫の名を呼んだ。
「竹姫様は心に決めた方はいらっしゃるのですか……?」
 薄暗闇の中で、妙に色っぽい顔をするので、半兵衛ははたと思考を止めた。
 しばし沈黙してから、います……、と返す。
「どんな方なのですか?」
「その方は……とても美しくて聡明で、少し病弱なところがあるのですが、そんな所も含めて守ってあげたいと思わせる方です」
「竹姫様が守るの、ですか……」
 が意外そうに目を瞬かせた。
 本当は続けるなら、肌は雪のように白くて、髪は絹のようにすべらかで、瞳は宝石のような輝きを宿す――――君だよ、と言ってしまいたかった。
様は?」
 いません、といわれたらどうしようと思いながら、質問を返すとは子供のようにはにかんで、いますと答えた。
「私のお慕いしている方も、とても聡明で賢い方なのです。女性のように美しくて――――本人は気にされているようですが、とても魅力的で……でも、時折見せるその方の大人びた物言いや、男性的な言葉遣いが大好きです」
 それは――――自分の事と思っていいのだろうか?
 なんだか愛の告白を受けたようでむず痒い。
 これって相思相愛だよね? 
 今すぐにでも自分の正体を明かしたい衝動に駆られ、半兵衛はぎゅうと両手を握り締めた。
 と、が身体をわずかに起こし、半兵衛の枕元に手をついた。
「竹姫様……」
 薄倉闇の中で、妙に色っぽく見えるその表情。
、様……」
 一瞬言葉も忘れ、見蕩れてしまう。
「その方は、竹姫様にとてもよく似ているのです……」
 ゆっくりとゆっくりと近づく顔。艶やかな唇に、知れず半兵衛は唾を飲み込む。
「竹姫様……」
 まるで愛しい人を呼ぶように、甘く鼓膜を震わせる声音。心を甘がみされているような、妙な気分に襲われた。
 いつもだったらこの状況はおいしいとしかいいようがない。あのが自分から求めて来てくれているのだ。
 が、いまは女装の身。しかも正体を偽っている。
 にそんな趣味があったのかと衝撃を受けつつ、
様……いけません」
 やんわりとの身体を押し返すが、蕩けるような視線で攻め寄られ、今にも篭絡してしまいそうになる。
「竹姫さま、わたし…」
 妙に甘ったるい声が耳にかかり、ぞくりと背筋を振るわせた。
 拒まなければいけないとわかっているのに、見つめられると身体の芯がぐりゃりと曲がってしまう。
 唇がゆっくりと強請るように近づいて来た。
 拒む事も逃げる事もできず、まるで金縛りにあったようにの瞳に侵されていく。
 ええい、ままよ!
 半兵衛は両目を瞑って、そのまま唇を受け入れる覚悟を固めた。
 この唇を受け入れたら自分は理性が保てないかも知れない。だが、そうなってしまった時はその時考えればいい。
 今はただと繋がりたいと願う。
 が、
「……?」
 いつまで経ってもの唇は落ちてこない。
 不思議に思ってうっすらとまぶたを開くと、
「……ぷっ……くくっ、あははは」
 は身体を折るようにして、肩を震わせて笑っていた。
 唖然とする半兵衛。その時の顔はきっとずいぶんと間抜け面に映ったに違いない。
「ふふっ、なんて顔してるんですか、はんべー様」
 はくすくすと笑って、半兵衛の小鼻をきゅっとつまんだ。
 狐や狸に頬をつままれたような――――いや、鼻だ。今まさに、稀代の悪女に鼻をつままれた。
 とっくのとうに――――否、初めから正体に気づいていたという事か。
 はめられた。
 風呂の一件も、今も、は笑いをこらえて半兵衛が困るのを楽しんでいたのだ。
「全部……わかっててやったの……?」
「ええ。どきどきしました?」
 悪戯の種明かしをするように、が楽しそうに笑った。
 どきどきどころか、こちらは心臓も頭も振り回されっぱなしだ。
 自分の仕掛けた罠にまさか逆に自分がはまっていたなんて――――天才軍師の名折れ。こんな単純な策にひっかかった自分が腹立たしい。
 なぜあの時、女装がばれることなど気にせず襲っておかなかったのか……。
 いや、今からでも遅くはない。
 据え膳食わぬはなんとやら。たとえ冗談とはいえ、膳の方から寄って来たのだ。これを逃す手はない。
 半兵衛はすっと顔を俯かせて、ににじり寄った。
「え、っと……半兵衛様?」
 さすがに遊びが過ぎたとは反省しかけたが、時すでに遅し。
 半兵衛はの肩をがっちりと掴むと、顎を上に向かせて、唇を重ねた。
「んっ……んう」
 逃げられないように首と頭を抱え込んで、深く深く吸い込む。舌先を絡ませ、口内を蹂躙して、唾液の一滴すら残らないように絞り上げる。
 初めは抵抗していただったが、唇から力をうばわれるように肩からみるみるうちに力が抜けていった。
 そして唇を離すと、苦しげに息継ぎをし、泣きそうな顔で半兵衛を見上げた。
「なっ、なにを……、ひどい……!」
「ひどいのはそっち。俺の純情をもてあそんだ罰」
 そして、とんとの身体を押すと、布団の上に押し倒した。
「え?」
 覆いかぶさる半兵衛の背後に、は黒い空気が集うのを見た。
様、私も様のことをお慕い申し上げております……」
 と、竹姫の声音で妖艶に微笑むと、容赦せぬとばかりに両腕を頭上で縛り上げた。
 自由を奪った身体をゆっくりと味わうように、いとおしげに額やこめかみに口付けを落とす。
「ちょっ、待って……! もうわかりましたから、冗談はここまでにして」
 束ねられた両腕で精一杯身体を押し返すが、女装しているとはいえ相手は男。力でかなうはずもなく。
 そのうえ、
「あら、何のことですの? 先に誘ったのは……様ですわ」
 などと、あくまで女の振りを続けようとするのだった。
 竹姫はうっとりと恍惚の表情を浮かべると、
「さあ、女同士仲良くいたしましょう」
 とそれはそれは美しい顔で微笑んだのだった。


 明くる朝、げっそりとやつれたと、妙につやつやした竹姫の姿があったとかなんとか――――



end


半兵衛のターン!
天才をからかうと痛い目を見ます。