たおやめ
初めはただの戯れだった。
稲葉山城乗っ取りの件でも定評のある半兵衛の女装。それをちょっと見てやろうというのが発端だった。
初めは厭々ながら女装に興じていた半兵衛だったが、ねねの完璧な手腕も手伝って、次々に皆が騙されていくのが面白くなってしまった。
秀吉に始まり清正、三成、正則と、可憐な姫として登場した時の反応と、正体を知って愕然とする落差が楽しくて仕方ない。官兵衛はさすが名軍師の慧眼といったところか、あっさり半兵衛の女装を見抜いてしまったが、それでも十分な勝率だろう。
残る獲物はだけ。一体どんな反応をするだろうと呼び寄せると、は一瞬ぼうっと見蕩れるような顔をしてから、あわててお初にお目にかかります、と礼をした。
この反応は……半兵衛の正体に気づいていないようだ。
「。こちらは私の知り合いでね……ええと、名前は……うん、竹姫って仰るんだよ」
ねねの紹介を受けて、半兵衛はしなりと両の指先を揃えお竹と申します、と頭を下げた。
傍らの官兵衛が呆れたようにふうとため息をついたが、はその意味に気づいていない。半兵衛とねねは互いに目を合わせると、笑いをこらえての反応を楽しんだ。
と、ねねはそうだ、と両手を鳴らすと、
「今日はうちに泊まっておいでよ」
と半兵衛もとい竹姫に向かって提案した。
さすがにそこまで引っ張るのかと半兵衛は思案顔をしたが、がすぐさまいいですね! と同調したので引けなくなってしまった。
まあ、勝手知ったる他人の家。泊まる事など日常茶飯事だし、今更遠慮する相柄でもない。
「では、お言葉に甘えて……」
「うん、それがいいよ! 部屋は……っと、と相部屋になっちゃうけど女の子同士だから気にしないよね?」
と、ねねが意地悪っぽい笑みを浮かべた。
官兵衛は何か言いたそうにしていたが、ねねにわき腹を小突かれて喉元まででかかった言葉を呑み込む。
『大丈夫だよ。半兵衛は今、女の子なんだもん。変なことできないよ』
こそりと官兵衛に耳打ちして、すぐさまにいいよね? と承諾を求めると、は予想以上に嬉しそうに頷いた。
「はいっ! 私、同世代の女性のお友達が欲しかったんです! 色々お話ししましょうね!」
そんな風に当の本人が言い出しては、もはや邪魔をすることもできない。視線で変なことはするな、と半兵衛に十分釘を刺してから、官兵衛は再び深い深いため息をついた。
「ふ〜、極楽、極楽っと」
半兵衛は浴槽にゆったり身体を伸ばし、ぱしゃりと湯で顔を洗った。
完璧に化けるためとは言え、やはり化粧というのは慣れないものだ。ねねが存分に白粉を塗りたくったから、まだ顔についているような気がする。もう二三度ぱしゃぱしゃと顔を湯でぬぐうと、ふと脱衣場の方から物音が響いた。
誰だろう。
半兵衛の女装を知る者がに変なちょっかいは出すなと、釘を刺しにきたのか……
それなら官兵衛にすでに刺されていると、半兵衛はうんざり思ったが、脱衣場からひょこりと顔を現したのはなんとだった。
「!!」
瞬間、肩までつかるほどに身体を湯に沈め、傾きかけていたかつらを直す。
「竹姫様、お背中お流ししますね!」
と、着物の裾をたくし上げて、が湯殿に入って来た。
さすがにこれはまずい……。顔はともかく身体を見られたら、男である事が一目瞭然だ。
仮にここで女装を明かしたとしたら……
『半兵衛様の変態! 金輪際、私に近づかないでくださいっ!』
十分にあり得る。
着物を着ている時ならまだしも、この半裸の状態で正体がばれたら二度と口を利いてもらえないかもしれない。
「だ、大丈夫です。様のお手を煩わせるわけには……」
「そんな遠慮なさらないで。さあ」
なんておせっかいな気遣いなのだろう。半兵衛はの優しさを密かに恨んだ。
とはいえ、このまま攻防を続けても、いずれはに浴槽から引っ張り出されてしまう気がする。
よ、よし、こうなったら俺の軍略で……
「ああーっ! あんな所に、諸葛孔明の霊が!」
半兵衛は大げさに叫ぶと、の背後を指差した。
「えっ、本当ですか!? 伏龍がっ!?」
と極度の軍略おたくであるはすぐさまそれに飛びつく。こんな手にひっかかるとはたとえ見習いであっても軍師失格だが、今はその純粋さに感謝することにしよう。
半兵衛はが振り返った隙に、厳重に腰に手ぬぐいを巻き、前も手ぬぐいで覆い隠すようにして洗い場の椅子に座った。
「えー、いませんよ?」
と不思議がるに、
「ごめんなさい、ただの湯気でしたわ」
おほほほ、と大げさな笑い声を上げてみせる。
はなんだぁ、と明らかに落胆した顔をしたが、遠慮していた竹姫が出てきてくれた事が嬉しかったのか、上機嫌で腕まくりをしすると半兵衛の背後に膝をついた。
「わぁ……竹姫様の肌、雪みたいに真っ白です」
羨望と感嘆の入り混じったような吐息を漏らし、の手がごしごしと半兵衛の背中をこすった。
「そ、そうでしょうか?」
なんだかむず痒いような状況に、思わず返す言葉も上ずってしまう。
女性ならば賞賛の言葉なのだろうが、男である自分にとって色が白いというのはあまり嬉しい事ではなかった。そもそもの方が白い肌をしている事を知っている。肌理が細かくて、それこそ雪のような肌をしているのはの方だ。
ちらりと背後のを見やると、こちらの思いも知らず、綺麗ですねぇなどと感嘆の声を上げていた。
「あ、でも――――」
ふとの手が止まった。
と、思うと、骨格を確かめるようにの両手が半兵衛のわき腹を滑った。
「ひゃぁ!」
思わず変な声が上がってしまった。何事かとを見やると、は別段気にした風もなく、無遠慮に背中を撫でさする。
「けっこう広い背中をなさってるんですね。武芸とかされています?」
と素朴な疑問を口にする。
なんてタチの悪い……
そもそも好きな女の子に背中を洗われているという状況で、こちらは気が狂いそうなのに、そんな思いも知らず無遠慮に身体を触って来る。
こんな状況でなければ、とっくにどうにかなってしまっているだろう。
もうこのまま襲っちゃおうかな……
と、一瞬官兵衛の忠告も忘れよこしまな事を考え、その瞬間、に変質者扱いされるのではという恐怖にさいなまれる。まさに生殺しだ。
「あ、あとは自分で出来ますから……」
喉奥から搾り出すような声で言うと、はわかりました、と素直に身を引いた。
が去った後、半兵衛はぐったりと肩を落とした。
「これ……どうしよう」
腰に巻いた手ぬぐいの下で、密かに集まってしまった熱とうずき。半兵衛がしばらく立ち上がれなかったのは言うまでもない。
end
どういうプレイだ! (女装プレイです
はんべさんが思春期の中学生みたいですみません。
顔に似合わず恋愛経験豊富そうですが、意外と純だと(私が)嬉しい。
続くよ!