君が夢中なあいつに嫉妬
ver.半兵衛
「あああああああああああああああ!」
どこからともなく響く絶叫に、何事かと官兵衛と半兵衛は顔を上げた。
どたどたと踏み鳴らす足音に、つと廊下の方に視線をやれば、半泣きの正則が全力疾走で駆けていった。
そして、その数秒後に、
「正則ーーーーーー!」
と、猫のように髪を逆立てて、追いかける。
一体なんの遊びだと呆れていると、勢いよく反対の襖が開いた。ぜいぜいと息を切らす正則が、立っていた。せわしく室内――――半兵衛と官兵衛が文机を並べて執務に勤しんでいる――――を見渡すと、
「軍師、かくまってくれよお!」
とこちらの了承も得ず、押入れの中に飛び込んだ。
なんだろうね、と半兵衛が視線で問いかけると、官兵衛は呆れたようなため息をついた。下らぬ、と一言呟き、正則を追い出そうと立ち上がりかけたところ――――スパンと小気味よい音を鳴らして、が襖を開いた。
現れたは不機嫌な顔で腕組みをし、部屋の主に挨拶もないまま、ずかずかと上がりこんだ。そして、ふっと目を細めると、
「私から逃げられると思っているの、正則?」
と、両眼に碧の輝きをたたえ、押入れの中へと呼びかけた。
返事はない。
はそう、とため息を一つ漏らすと、
「痛い目を見ないとわからない?」
一振り。着物の袖を揺らすように、が右手で虚空を薙いだかと思うと、その袖口から無数の刃が飛び出し、押入れの扉を串刺しにした。
「ちょ――――」
半兵衛が唖然とする暇もなく、は扉を乱暴に開けると、中で縮こまっている正則を冷たい目で見下ろした。投げつけられた無数の刃が、正則の身体の輪郭をなぞるように突き刺さっている。
暗闇から飛来した数多の刃は正則を傷つけることなく、だが正確にその場所を狙って投げつけられたのだ。
「次は外さないよ?」
と、袖下から何枚もの刃を取り出し、にこりと微笑むに――――
正則は畳みに額がこすれるほどに頭を下げると、
「すンませんでしたぁあああ!」
と、土下座したのだった。
喧嘩の原因は知らない。どうせいつものように下らない内容なのだから、と官兵衛に流されてそれを追求する事はできなかった。
それよりも喧嘩の後片付けの方が骨がいった。
正則を追い詰めたところまではいい。はいつにない清々しい顔で、部屋を後にしようとした。
が――――
がしっ、とまるで猫の仔でも掴むように、首根っこを掴まれたかと思うと、官兵衛の操る鬼の手がを宙にぶら下げた。
「ええと……官兵衛様?」
顔に苦笑を貼り付けてそちらを見やるだったが、官兵衛は一瞥すらしない。文机に開かれた書を一心に読みふける一方で、
「室内で暴れるなと習わなかったのか」
と、厳しい声音を発する。
「え、ええと……官兵衛様に教えていただいた兵法にはなかったような……?」
えへ、と悪戯をした子供のように舌を出すと、容赦なくぶんぶんと宙を振り回された。
「ちょっ、待って下さい! 分かりましたから、分かりましたからー!」
ようやく床に降ろされた頃には、はぜいぜいと肩で息をしていた。
そんなを官兵衛は冷ややかに見下ろすと、すくっと立ち上がる。
「我らが戻るまでに直しておくのだ。よいな」
と、ずたずたに切り裂かれた押入れの扉を指すと、行くぞ半兵衛と一声かけ、自分はすたすたと執務室を後にした。
「あーあ、と正則にも困ったものだよねえ」
と、官兵衛の後に続きながら、半兵衛が零した。
せっかく執務が中断されて、昼寝をする口実を得たというのに、半兵衛の顔を浮かない。
「それで何故、卿が不機嫌になる」
人の感情などにはとんと無関心な官兵衛が、半兵衛のわずかな変化を察したことに驚きつつ、半兵衛はだってさぁ、と唇を尖らせる。
「ってなんだかんだいって正則に甘いじゃん」
「飛刀を何十本も投げつけられるのが甘いのか?」
「じゃなくって〜。よく構ってるっていうか、ああやってじゃれあってるの見ると、なんかね」
「では、卿もを怒らせればよい。あれは単純だから、すぐ引っかかる」
そういうものでもないのだが、官兵衛にはおそらく半兵衛の嫉妬など通じないだろう。
馬鹿な子ほど可愛いというが、が正則を構うのはまさしくその類のもので、嫉妬などする必要はないと分かっていても、目の前でじゃれつかれるとついつい苛立ってしまう。
「あ〜あ、俺も馬鹿になれたらなあ」
と、思ってもいない不平を零して、半兵衛はぐっと伸びをした。
end
奇跡第四弾。半兵衛バージョンでした。
なんだかんだ言いつつ、ヒロインは正則にはちょっと甘いです。