世界が終わる03
「この陰険根暗男! 幸村様は討たせないから!」
「官兵衛様の邪魔はさせないっ!」
躍り出た二つの影が、主を守らんと刃をぶつけ合った。一つは幸村の影・くのいち、もう一つは官兵衛の懐刀・だった。
単純な身体能力ならばくのいちの方が上。だが、くのいちもも手負いである上に、の碧眼が足りない能力を補おうと、煌々と輝きを増していた。
「殿! なぜ三成殿の義姉上であるあなたが、徳川に与するのです!」
幸村は官兵衛と刃を交えながらも、への言葉を止めなかった。そうして説得すれば、が止まると思ったのか――――否、単に真っ直ぐなのだろう。策でも何でもなく、単にの戦う動機に疑問を抱いているのだ。
「あなたが清正殿を討てば、豊臣の家はなくなってしまうのですよ!」
そんな事、百も承知だ。
むしろ、その豊臣の残り火を潰えさせようとしているのだから――――
だが、幸村の真っ直ぐな言葉がの剣先を鈍らせる。先ほど殺めた正則と左近の顔が、脳裏にちらついてを苛んだ。
今、迷ってる場合じゃないのに――――
「殿!」
は唇を強く噛み、飛刀を幸村に放った。幸村に届く前に、目の前に現れたくのいちがそれをはじき返す。
「今更、罪悪感なんか感じるなんて馬っ鹿みたい!」
くのいちが踏み込んで切り込んだ。短刀で防御の構えを取るが、ざくざくとの身体を刻み付けていく。
そうだ。馬鹿だ。罪悪感なんて何にもならない。私はもう殺してしまったんだから――――
「」
と、喧騒の中でただその声だけが静かに、の耳に届いた。
「何をしている。殺せ」
明快に、単純に、完結に、ただ絶対的な命が下される。
は瞳を鋭くさせて、くのいちの懐に飛び込んだ。
腕が足が胸が肩が、血まみれになって切り刻まれていく。まるで人形になって、その部分が砕け散るように、は四肢がばらばらになるのを感じた。
だが、苦痛すらも押しのけて、短刀をくのいちの胸にのめり込ませる。瞳の中の碧の炎が、強く強く燃え上がる。
「ゆき……むら……さま」
かはっと唇から血を吐き出し、くのいちが崩れ落ちた。それに折り重なるように、も倒れこむ。
耳の奥で、鼓動が鳴り止まない。どくどく、どくどくと命の水が零れ落ちる。
だが、まだだ――――
まだ、火種は残っているから。
伏せたままが投げた飛刀が、幸村の膝に突き刺さった。一瞬、苦痛に顔を歪め、それでも槍を振り切る。
だが、あと一歩の所で幸村の槍は官兵衛に届かなかった。幸村を包囲した鉄砲隊が、無数の鉛弾を撃ち込んでいた。
天下のもののふも、孤立無援では立ち向かいようがない――――もう味方は、どこにもいないのだから。
「ぐ……な、ぜ……」
倒れた幸村の瞳は、に向けられているようだった。
は顔に苦笑を浮かべ、答える。
「何故でしょうね……。私も……そっちに逝ったら……教えてあげます」
もうすぐだから。
その言葉を聞き終えたかどうか、幸村の瞳は光を失い、伸ばした指先がぱたりと地に落ちた。
は視線だけを辺りに巡らし、深い吐息をついた。
どこもかしこも徳川の兵ばかり。その中に見知った顔は一つもない。
知っている顔は皆、葬った。唯一、生存しているのは、自分に殺せと命じる官兵衛のみだ。
その官兵衛も、所々に傷を負い、とても無事とは言えない。
そして自分は、もはや立つ事すらままならず、地に伏している。
「何をしている。起きよ」
そう言った官兵衛の声が、あまりにいつもどおりで、はわずかに笑んだ。
まったくわ我が師は容赦ない――――
よろよろと立ち上がったが、左足はもう駄目だった。何度、立ち上がろうとしても、身体を支えきれずに地面に倒れてしまう。
見かねた兵が肩を支えてくれ、ようやく立ち上がる。
腕も足ももう動かない。ごほごほと咳き込むと、唇から鮮血が零れた。
嗚呼、この命はもう永くない――――
早く、早く、行かなくちゃ。
は死に場所を求めるように、清正の待つ天守閣へと向った。
end
VS幸村&くのいち。