妊娠に関わるお話です。
官兵衛殿がボケ担当です。キャラクターのイメージを損なう可能性があります。
苦手な方はお戻りください。
懐妊の報せを聞いて喜ぶよりも何よりも、ありとあらゆる文献を漁って姓名判断を始めた官兵衛は、実は混乱していたのかもしれない――――
マタニティ・グリーン
まあ何というか、本人はいつも通りのつもりでいるのだろうな。
部屋の中をうろうろしながら、書物を片手に歩き回る官兵衛を見つめながらそんな事を元就は思った。
表情は変わらないし、報せた侍女にもそうか、と素っ気無い返事をしただけだった。
が、それは冷たいのでも何でもなく、単に混乱しているのだろう。嬉しいかどうか彼の無表情から推し量るのは難しいが、それでも混乱するに値するだけの衝撃を与えたには違いない。
今もどれほどの重さがあるのか分からないような分厚い本を、高速でめくって読み耽っている。
「少しは落ち着いたらどうだい? 今すぐ生まれるわけでもないんだし」
声をかけられ、そこでようやく客人がいたのを思い出したのか、官兵衛はむ、と唸って元就の向かいに座った。
「すまない。陸路を確保する話だったか」
今、織田と毛利は同盟関係にある。
せっかく友好関係にあるのだから、商人達に自由に商売をさせてはどうかと言った話を二人はしていた。そのためには安全に通れる道を確保する必要がある、と互いの領土を結ぶ道を地図の上に引いていたところ、懐妊の報せが入ったという次第である。
「短いにこした事はないけれど、やはり旅人の安全を考えるなら、大きな街を経由する方がいいねぇ」
「うむ」
元就の提案に頷いて、官兵衛は拠点、拠点に線を引いていく。
――――が。
「……おおい、官兵衛?」
「む?」
「む、じゃなくて。線。それもう道じゃないからね。迷路だからね」
地図の上には器用に拠点を経由しながらも、大きな“孝”の文字が描かれている。どうやら自分の本名である孝高の“孝”らしい。“孝”の一字を取ってどんな名前を子につけようかと、無意識の内に考え込んでいたのだろう。
「すまない……」
「いや、いいんだけど。でも名前はまだ早いんじゃないかな? どっちが生まれるかも分からないし」
「つまり男女どちらとも違和感のない名を考えろと?」
「違うよ」
どうも話半分だ。元就に突っ込まれるとは重症である。
「嬉しいのは分かるけど、今から張り切り過ぎるともたないよ? とつき十日、待たなければいけないんだから」
子沢山の元就だが、彼にとってもその時間は長く待ち遠しいものだった。こんな名前にしよう、こんな人間に育てよう。膨らむ腹と共に子の成長を直接感じる母親と違って、父親は生まれてくるまで想像するしか出来ないのだ。
「でも、実際に大変なのは生まれる前より、生まれた後なんだから。思い通りに行かない事もあるし、子供の意見を尊重しなくちゃいけない場面もある。自分は駄目な父親だなぁ、なんて反省する事もあるんだよ。きっと親っていうのも、子供と一緒に育つんだろうね」
だから焦らず気長にさ、そう言って微笑みかけると、官兵衛はうむ……と素直に頷いて見せた。
しばし呆然と考えるような素振りをしてから、
「で、娘ならばどんな字がいいだろうか?」
元就の有難い話もまったく聞いていない。
「もう私、帰ってもいいかな?」
元就は呆れながらも、初めての子供に早速振り回される初々しい父親に、微笑を向けたのだった。
end
官兵衛はどっちかというとブラックですが、
「マタニティ・ブラック」とかなんかおどろおどろしいので妖気球の色にしました。