えせオカルトもの、ファンタジー要素を含みます。
オリキャラ度高め。『金銀妖瞳』の白猫や『とある事件簿』の忍びたちも登場します。
それでも許せる方のみお進みください。
金華猫
屋敷の北東に位置する薄暗い書庫の中、それが私の居場所である。明り取りのために穿たれた窓からわずか差す陽光が、この部屋の唯一の光源である。
その日、私の元を珍しい人物が訪れていた。
竹中半兵衛重治様、私の今のところの雇い主である。
秀吉様の元にも立派な忍び部隊はあったが、竹中様はそれが軍師の倣いなのか、独自に私のような間諜を飼われていた。
集める情報は主に近隣諸侯の動き、他国の戦の情勢、市井の様子など多岐に渡るが、皆政務に関連のある事と思えた。
故に、以前私に申し付けた『いの十七号文書』の謎というのは、比較的珍しい個人的な興味によるものとなる。
さて、私のまとめた報告書に目を通した竹中様は、なにやら晴れぬ顔をされた。おそらく相手が私のような間諜でなければ、その様な顔を人に見せたりなどしないのではないかとさえ思えた。
「不足がござりましたか」
私の問いに、いや、と短く返すが、その顔は依然晴れぬ。
「何か?」
竹中様はこの方には珍しく、ううん、と悩むような唸り声を上げた。
「ちょっと気になる事があってね……」
「お調べいたしましょうか?」
私の伺いに竹中様はわずかに躊躇いを見せた。が、やがて自分ではどうにもならぬと判断されたのか、頼もうかな、と呟いた。
「如何様な事を」
「うん、ちょっと……の事でね」
「それで何故わたくしを呼び立てるのです」
と。女忍者は呆れたような顔をした。
女の名は桔梗。先の『いの十七号文書』の件で、顔見知りとなったくのいちである。
「まあ、そう仰いますな。此度の件は、あなたのお守りする殿にも関係があること。ご助力くださっても、ばちはあたりません」
桔梗は何か言いたそうにしていたが、殿の名前が利いたのか、不承不承といった口調で了解した。
「それで、わたくしに何を話せと?」
「ここ数日、殿は床に伏せっていらっしゃるのだそうですね」
「ええ、いつものように熱を出されたわけではないのですけれど、昏々と眠り続けられて。さじ医師の見立てでは、疲れがたまっているのではないかと」
「それは真に病なのでしょうか」
私が疑問を口にすると、桔梗はつと眉をひそめた。
「それはどのような意味でしょう。よもや何者かが我らの目を盗んで、様に毒でも盛ったと仰いますか」
にわかに剣呑な空気が口調に篭る。それは自分こそが殿をお守りしているという自負の現れであろう。
そうではないのです、と私は慌てて首を振った。
「奇病の正体は、もしや物の怪の仕業ではないかと」
「物の怪……?」
桔梗は目を細め、侮るような口ぶりで繰り返した。当然であろう。医師が過労と判断したものにけちをつけた挙句、その正体はあやかしではないかと言うのだから。
だが、何の根拠もなしにそのような荒唐無稽な事を申しているのではない。
「実は此度の件は竹中様よりのご命令なのです」
と私は前置きし、竹中様より語られた奇妙な出来事を桔梗に聞かせた。
その日、半兵衛は夜半過ぎまで政務に勤しんでいた。
昼間、仕事をほっぽって昼寝をしていた罰として、官兵衛に仕事を押し付けられたのである。本来ならそんなものは知らぬとばかりに逃げ出してしまう所だったが、がその補佐に割り当てられたので逃げることも出来なかった。
こんな夜中まで年若い娘を働かせるとは、と半兵衛が愚痴ると、は微笑を浮かべて、私なら問題ございません、と答えた。
まったくあの師匠にしてこの弟子である。真面目なのは結構だが、根を詰めすぎると逆に病になる。
半兵衛が小用を足して戻ってくると、は文机に突っ伏して眠っていた。
ほら、言わんこっちゃない。
「、こんな所で眠ると風邪をひくよ」
肩を揺すって起こそうとしたが、は一向に目覚めなかった。
疲れているのか――――。確かに朝から晩まで今日は働きづめだった。
寝所まで運んでやろうと、の肩に手をかけると、ふと羽織に何か細い糸の塊のようなものがついているのが見えた。
指先でつまみ上げ行灯にかざすと、それは猫の毛だった。
ふと、背後で物音がした。振り返ると、襖の向こうからひょこりと猫の尾が覗いている。
「白眉?」
の飼い猫の名である。半兵衛は立ち上がると、廊下へ出た。
猫の姿はなかったが、軽い足音と、時折ニャァンと鳴く声が聞こえる。まるでその声に誘われるように後を追うと、廊下の突き当たりで猫が消えた。どこへ行ったのかと辺りを巡らしていると、ふと庭先に人影が揺れた。
灰色の着流しに、脇差を差した青年だった。月光を受けた肌は青白く、髪は老人のような白髪を結いもせず流している。そして瞳は、右は金目、左は銀目という金銀妖瞳だったのである。
青年は半兵衛と目が合うと、ふっと目を細めた。
そして、口を開き、声を発する。
ニャァン――――
一瞬きの後、青年の姿は消えていた。
まるで狐――――いや猫に化かされたような。
半兵衛が夢見心地で執務室へ戻るとは依然として深い眠りについていた。そして、その日からは眠りがちになり、床に就くようになったのである。
「にわかには信じがたいお話です」
そう断って、私は話を終えた。桔梗は始終顔をしかめていたが、さすがに竹中様の話を安易に否定する気にはなれないのか、口を一文字に結んでいた。
「それで、白眉は今いづこに」
私が問うと、桔梗はしばらくの逡巡の後に、寝所にと答えた。
「いつもの様に様の側に侍っておりますが、もしそれが真なら……」
眠っている隙に、知らず知らずの内に生気を吸われているのかも知れぬ。
だが、桔梗はその想像を打ち消すように、首をふるふると振った。
「まさか、白眉がそのような事をするとは考えられません。仔猫の時分から様に育てられた愛猫です。まさかご恩を忘れ、主を祟るなど」
「ですが、猫に人間の道理が通じましょうか」
口には出さなかったが、所詮は畜生である。恩や義理といった人間の道理が通じるはずもない。
「ともかく、猫は別の場所に隔離した方がよろしいでしょう」
私の提言に桔梗は釈然もしないながらも、はいと頷いた。
end
オリキャラだらけの『金華猫』の第一話でした。
えせファンタジーものです。