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!CAUTION!
最終的にヤンデレ落ちになります。狂愛風味です。
「共犯者」シリーズ以上にエグくなる予定(たぶん)ですので、
嫌悪感を感じられる方はブラウザバックをお勧めします。
バッチコーイ!な方のみお進みください。




















甘露06





 恋仲と呼ぶには一方的な二人の関係を、官兵衛は苦虫を噛み潰したような顔で耳にした。
 自分の忠告が遅かったのか、逆に半兵衛を追い詰めるはめになったのか分からない。
 だが、とにかく胸の中を暗い罪悪感にも似た思いが満たすだけだ。
 狭い部屋には文机が二つきり。もう一方の文机では頬杖を付いた娘が、何やら鼻歌を口ずさみながらくるくると銀のかんざしを指先で弄んでいる。
 何やら甘ったるい匂いがする。
 何かと思ってつと娘の机の上を見やると、べっこう色の飴が詰まった小筒があった。
「召し上がります?」
 と、蓋を開いて差し出されたそれを断り、官兵衛は筒に「甘露」と書かれていることに気が付いた。
 ただ単に甘い香りの飴をそう名づけたに過ぎないのだろうが――――
「甘露が何を意味するかお前は知っているか?」
 問うと、いいえ、と娘が首を横に振った。
「甘露とは不死の妙薬を指す。それがどんな物なのか想像する他あるまいが、一説に寄れば蜜のように甘く、白い光沢を放つ水と信じられていたらしい。そのため古の人間は、水銀を妙薬と信じて飲んだと聞く」
「水銀……」
「猛毒だ。そんな物を服すれば、不死どころか忽ち命が危うくなろう。甘く美しい、毒の雫だ」
 官兵衛の博識に、娘は感嘆の声を上げた。
 そして、
「恐ろしい水なのですね、甘露は」
 と。
 じっと娘の顔を見つめると、娘はにこりと微笑んで見せた。そして、鼻歌を――――耳障りな唄を口ずさみ続ける。銀のかんざしが、くるくる、くるくる、くるくる、と回って弄ぶ様は、どこか子供が無邪気に玩具を振り回す様に見えた。
「お前は……」
 官兵衛の暗い瞳が、娘の顔を映す。
 娘は怪訝そうに小首を傾げた。
 甘ったるい匂いが鼻腔から胃に広がってむかむかした。娘の上機嫌な顔が気に入らない。
「私の忍びを始末したのはお前か」
 娘は一瞬ぱちりと瞬きをし――――、そしてふふっと笑った。
 まるで花が零れ咲くような美しい笑みで。
「だって、私の方が上手くできたでしょう?」
 やはりなのか――――
 確信を得て、官兵衛は深く、深く悔恨のため息を漏らした。
 半兵衛の元に差し向けた娘は、官兵衛配下のくのいちだった。同僚といえど、やはり軍師の性分か、本心の見えにくい半兵衛を探らせるためでもあった。
 だが、官兵衛の選んだ娘は、次の日の朝、無残な躯になった姿で見つかった。
 そして代わりにが、半兵衛の夜伽を務めたのだと言う。
 その時官兵衛は初めて、の胸の奥にしまった甘露のような甘い毒を知ったのだ。
「不安だったんです……。半兵衛様があの娘を気に入ってしまったら、って。怖くて仕方なかったのです」
 だから殺したのか。
 その毒で、殺したと言うのか。
「止めたかったけれど……駄目でした。半兵衛様は素敵な方だもの、きっと夢中にしてみせる、私なしで生きられないくらい骨抜きにしてみせるだなんて……そんなこと、言うから……」
 いつの間にか伏せ目がちにした両目から、碧の輝きが零れ落ちていた。
 悲しげな表情をしているが、口元はわずかに笑んでいる。
「あの娘がいけないんです。ただ務めを果たすだけなら、まだ赦せたのに」
 半兵衛が夜伽の女などに夢中にならぬ事を、は知っていた。一夜の夢なら、何とか我慢できたのかもしれない。
 だが、娘は半兵衛を篭絡してみせると大言を吐いた。
 それが――――忍びにあるまじき不遜な態度が、の心に甘露の泉を湧かせた。
「でも……罪悪感はあったのですよ?」
 と、ふふっとは笑んで見せる。
 だから、あの夜以降、半兵衛には近づかなかったし、話しかけられても素っ気無い態度を取ったつもりだ。だが、毒は思いのほか強く、半兵衛の心を蝕み――――
 くるくる、くるくる、と手の平の中でかんざしが回る。
 半兵衛を呼び寄せ、心のたがを外す原因となったそれを、指先で弄ぶ。まるで水銀の色のような白銀のそれは、何故か妙に毒々しく官兵衛の目に映った。
 半兵衛が次の娘を追い返した時、どれほど嬉しかった事か――――
 日に日に余裕を無くしていき、ついに狂気を押さえきれなくなった半兵衛を、どれほど愛おしく思った事か――――
 くすくすくす、と。
 無邪気な童女のように笑って。
「お前は……」
 いつから歪んでいたのだろう。
 自分がそのように育ててしまったのか、それとも半兵衛の狂気に充てられたのか。
 美しいかんばせと、子供のような残酷さは、まさしく甘露の放つ白銀の色に相応しく――――
「ふふっ、半兵衛様の寝顔、とても可愛らしいのです」
 うっとりと恍惚の笑みを浮かべながら、は、くるくる、くるくる、とかんざしを指先で弄んだ。



end


ホントのヤンデレはこっちでした、という落ち。
官兵衛殿は半兵衛が甘露の毒にあてられて、歪んでいくのを止めたかったけれど、
ヒロインの方が上手でした。
これにて「甘露」シリーズ完結です。
お付き合いくださり、ありがとうございました!