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!CAUTION!
最終的にヤンデレ落ちになります。狂愛風味です。
「共犯者」シリーズ以上にエグくなる予定(たぶん)ですので、
嫌悪感を感じられる方はブラウザバックをお勧めします。
バッチコーイ!な方のみお進みください。





















甘露





 月もない暗い夜だった。
 秀吉の屋敷に泊まった半兵衛は、客間の一室を借りて軽やかな寝息を立てていた。
 と――――
 忍び足で襖の向こうに人影が立ったかと思うと、音を立てないように気を配りながら開閉した。
 ゆっくりと半兵衛の枕元に立つと、半兵衛の寝顔を覗き込むように膝を折る。
 そして、半兵衛の喉元へゆっくりとその指を這わし――――
「はい、そこまで」
 眠っていたはずの半兵衛が突如、口を開いた。
 瞳は閉じたまま、だが身体を翻し枕元の刀を手繰り寄せると一瞬の内に抜刀して、その切っ先を曲者の喉下に突きつけたのだった。
 緊張した呼吸が、暗闇の中に篭る。
「悪いけどこのまま帰ってくんない? まだ俺は顔を見てないし、今ならなかった事にできるけど」
 敵の顔を見なかったのは、半兵衛の機転である。曲者といえど、ここは秀吉の屋敷。そう易々と外部の侵入を許すはずがない。加えて、今日半兵衛が屋敷に泊まる事を知っているのは、ごくごく限られた者しかいまい。という事は、曲者は内から放たれた可能性が高いのだ。
 身内に狙われるのは心外だと思いつつも、それも仕方ないかと、心半分で思う。半兵衛の知略を恐れる者、危険視する者は敵味方問わずごまんといる。手柄を取られぬうちに、あるいは稲葉山城を乗っ取った時のように秀吉を裏切る前に、さっさと始末してしまおうと、考える輩がいてもおかしくはなかった。
 とはいえ、ここで大事にするのは得策ではない。相手を庇うつもりはないが、今は身内でいさかいを起こしている場合ではないのだ。
 そう考え、半兵衛は瞳を閉じた。それはいざと言う時は目を閉じたままでも敵を始末できるという、自信があっての事だった。
 曲者は応えなかった。
 応え(いらえ)があるとは思っていなかったが、動く気配もない。じっと息を殺して、半兵衛の前から動こうとしない。
 半兵衛が怪訝に思った頃、曲者が小さな声で半兵衛の名を呼んだ。
「はんべえ……さま……」
 途切れ途切れの震える声に、半兵衛はゆっくりと瞳を閉じる。
 年若い少女が、膝を崩して半兵衛の前に座っていた。
 よく見知ったその顔に、半兵衛が落胆しなかったと言えば嘘になる。表情には決して出さなかったが、まさかに命を狙われると思っていなかった半兵衛は、その事実に多少なりとも心を痛めていた。
「なに、官兵衛殿が俺を殺せって?」
 冗談まじりに問うと、は無言でかぶりを振るった。
「どうか……剣をお納め下さい」
 の柔らかな手の平が、半兵衛の拳を包んだ。半兵衛は素直にの言葉に従う。それは決してに心を許したのでも、警戒を解いたからでもなく、が相手ならば刀がなくとも組み伏せるという判断あっての事だった。
「どういうつもりか知らないけど、こんな夜更けに寝所に忍び込むんじゃ、寝首を掻きに来たって思われても仕方ないよ?」
 はぐっと押し黙ったまま、俯いている。
 官兵衛に言われて戸惑いならがもやって来たのか、それとも半兵衛を前にして臆したのか。どちらにしろ、半兵衛の脳裏にはは限りなく敵に近い、という判断が成されている。
 顔を見ずに帰ってくれればなかった事にもできたが、さてどうしたものか――――
 と、半兵衛が思案していると、がおずおずといった調子で膝を進めた。
「なに?」
 は半兵衛と目をあわさないまま、己の腰帯に手をやった。
 そして、するりと解かれて四肢が露になる。
「な……」
 半兵衛は絶句した。
 暗闇の中でもわずかに輝いているような白い肌に、思わず目が釘付けになる。
「……伽に参りました」
 恥ずかしそうに呟いて半兵衛の身体にしな垂れかかる。
 の柔肌をその手に感じるまで、そういう可能性を一切考えていなかった自分が、ひどく間抜けに思えた。
 客人をもてなすために娘を伽にやる事など、珍しくもない。官兵衛がそういった気の回し方をする事にいささか驚いたが、彼とてかつては小寺家の家老を勤めていたのだ。いかに相手をもてなすか、知らぬわけはなかった。
 半兵衛はの身体を胸に受け止めながら、これは困った事になったと胸中で呟いた。官兵衛の気遣い、そしての覚悟には悪いが、半兵衛はそういったもてなしを受けぬ事にしている。今までも半兵衛を懐柔しようとこういった刺客を送ってくる輩は多くいたが、そもそも女の色香で陥落しようとする性根が気に食わぬし、女がみな揃いも揃って男好きしそうな姿をしていて、なんとも呆れてしまう。
 豊満な胸に大きな尻。唇は厚く、吸い付くと積極的に唇を割って舌を這わせる。
 人の好みにとやかく言うつもりはないが、少なくとも自分はこういった大味で積極的な女は好かない。男を悦ばせる手練手管は心得ているかもしれないが、逆にそういった所が商売女のようで逆に萎えてしまうのだ。
 抱くなら慎ましやかで男慣れしていない方がいい――――と、子飼いの耳にでも入ろうものならオヤジ趣味だと馬鹿にされそうだが、それでも場慣れしている女よりも、おぼつかない女を一挙手一挙動ごとに開いていく方がずっとそそる。まるで女を開拓していくような、楽しさと優越感が心を満たすのだ。
 そう言った意味で、は半兵衛の好みに的中していた。まだ少女の域を抜けきらないあどけなさやおぼつかなさも合格であるし、雪のように白い肌や力を込めれば折れてしまいそうな華奢な身体も半兵衛の好みだった。
 実を言うとの初めての男は果報者だな、と好色な妄想をした事がある。
 元々、可愛らしい顔をしていると思っていたので、さぞかし言い寄る男も多いだろうと想像していたのだが、からかって恋人はいないのかと尋ねるとは顔を真っ赤にして、大げさなほど首をぶんぶんと横に振ったのだった。
 恋人未満。だが、想い人はあり――――
 と、その時の半兵衛は予測した。そして、そんな男がいるならば、決して拒む事はあるまいと考えていた。こんなに美しい娘を自分のものに出来るのだから、さぞかし幸せ者に違いない、と。
 そういうわけで、美味しい据え膳である事に違いはないのだが、半兵衛はに手を出すわけにはいかなかった。
 そもそも――――どんな顔をして、自分の腕の中で震えている少女を食い物に出来るというのだ。
 官兵衛殿も酷な事をする――――
 半兵衛は胸中で同僚の無頓着さを恨みながら、の震える身体を引き離した。
「半兵衛様……?」
 不安そうに己を見つめる瞳。うっすらと涙ぐんでおり、それすらも半兵衛の心をどきどきと高鳴らせる。
。たぶん官兵衛殿に言われて断れなかったんだと思うけど……こういう事は、好きな人がいる子はしちゃいけないよ」
 正直、勿体無いと思いながらも、半兵衛は諭すような口調で告げた。
 は涙で濡れた睫毛をしばたたかせている。
「官兵衛殿には俺からうまく行っておくから、今日はもうかえ――――
 言いかけて、の身体が言葉を遮るように半兵衛にしがみ付いた。
「そんな事を、仰らないで下さい……!」
 搾り出したか細い声には、だが強い意志が感じられた。
「半兵衛様に捧げる覚悟で来たのです。それに……自分から志願しました。本当は他の方がお務めを果たすはずでしたが、それは……嫌だったから……」
 消え入りそうな声で告げられた言葉に、半兵衛は益々己の愚かさを思い知った。
 の想い人が自分であるなどと、今まで一度も考えた事がなかったのだ。
 それでは、がどんな気持ちで半兵衛の寝所を訪れ、どんな気持ちで今身を委ねているのか、まったく意味が違ってくる。
 ここまで勇気を振り絞った少女を、もはや突っぱねる事など出来ず、本意に沿わぬと思いながらも半兵衛はの身体を抱き寄せて、その唇に己のそれを重ねた。



end


初めはわりと甘めで。