過保護の進め02
の見合いの話は、その日のうちに屋敷中に知れ渡った。
というのも、秀吉とねねが大張り切りで見合いの準備を始めたからである。勿論、噂が広がると共に、が気に入らなければ即破談という条件も伝わっていたのだが、破談にする見合いといえど手は抜けないとばかりに、秀吉達は張り切っていた。
というのも、断るのはこちらであって、万に一つでも先方から断りを受けるのは許されないという事らしい。もし難癖をつけられたりしたら、うちのに傷がつくというのである。
その過保護な二人の張り切りぶりを傍目に、三成はの居室を訪れていた。
「秀吉様もおねね様も大げさだよねぇ」
と、当の本人はあっけらかんとしている。見合いを突如決められたを案じてこうしてわざわざ出向いたというのに、いささか拍子抜けした。
「お前は不満はないのか?」
やや不機嫌な顔で尋ねると、はなにが? とどこ吹く風。
「綺麗な服着せてもらえて、ついでに美味しいご飯食べられるなら文句なんてないよ」
「好かぬ相手に嫁がされてもか?」
核心を突くと、の顔がわずかに曇った。
「秀吉様は断ってもかまわぬと言っていた。だが、それによって秀吉様のお立場が悪くなる可能性があると、わかっているのだろう?」
問い詰められ、は苦笑をもらした。
「三成には叶わないな」
と、呟いて背を向ける。
「話を受けるつもりか?」
言葉に怒気が篭るのを感じながら、三成はを問い詰めた。
この娘のことだから、秀吉のためになるならばと、そのまま嫁いでしまいそうな危うさがある。現に今、即座に否定できなかったのがなによりの証拠だ。
「おい、」
いらえのないを急き立てるように名を呼ぶと、は小さな声で官兵衛様が……と呟いた。
「官兵衛様が承諾された事だから……だから、私は……」
「馬鹿を言うな。あの男がお前の事を真に想っているとでもいうのか? どうせ戦の益になる事しか考えてはいまい」
それはも十分に理解している。だが、官兵衛が異を唱えなかったという事は、この話を受ければそれなりの見返りがあるという証拠だ。逆を返せば、が断ればその見返りをすべてふいにする事になる。
下らぬ、と三成はそれを一蹴した。
「だよね」
は再び苦笑を漏らす。自分でもここまで忠義を果たす意味があるのかと、半ば呆れていたところだ。
だが、にとって官兵衛の言葉は絶対。幼き頃より守ってきた戒律は、そう易々と破れるものではなかった。
正直に言うならば――――自分は落胆して、捨て鉢になっているのだと思う。
官兵衛が自分ではなく、利を求めたと――――その事実を聞いた時、は落胆した。
今までずっと官兵衛のためにあろうと努力し続けてきた。そうして軍師になり、戦へも赴いた。それを、たった一言ですべて無に返されたような心地だったのだ。
官兵衛の事だから、決して私情を挟まぬと理解している。だが、わかってはいるのだが――――それを割り切ってしまうにはあまりにも、二人で過ごした時間は長かった。
同時刻、軍師達の執務室で、官兵衛もと同じような境遇に立たされていた。
「そんなの、ぜんっぜん賢いやり方じゃないよ!」
と、息をまいて官兵衛に詰め寄ったのは、同僚の半兵衛である。
予想していた事ではあったが、本人を目前にするとなかなかに鬱陶しいものだなと官兵衛は胸中で嘆息を漏らした。
「では卿の賢いやり方とやらを拝聴しよう。あれの婚儀をもっとも効果的に活かせるのは、どの家に輿入れすれば良い」
「違うよ! 考え方からだめっだめだね! だいたいは道具なんかじゃないんだから、どうして政敵に嫁がせる事が前提なわけ?」
「では子飼い共にでも嫁がせれば良いと考えるのか? それこそ意味のない事だが」
違うって! と半兵衛は叫ぶと、苛立たしげに頭をがしがしと掻き毟った。
「まさか自分のところへ嫁に寄越せとでも言うのではあるまいな」
「違うよ。まあ、そうなったらそれはそれで嬉しいけど……そうじゃなくて! 誰に嫁ぐかなんて自身が決める事でしょ? 周りの人間がとやかく口出しすることじゃないよ」
官兵衛はふと眉根をしかめた。
「元よりあれに拒否権はあるはずだが?」
一方、半兵衛はだ〜か〜ら〜、と今にも地団太を踏みそうな勢いで言葉を遮る。
「官兵衛殿が言ったら、が逆らえるはずないじゃん。どうせ官兵衛様がそうお考えになるなら……とか言って、従っちゃうに決まってるよ。もしかして官兵衛殿、そこまで計算してこの話進めたの?」
官兵衛はふむ、と顎に手を当てて考えた。
確かにの性格ならば、自分の言葉は他の何者よりも強い強制力を発揮するに違いない。が、女にとって婚儀が一大事である事は官兵衛も理解している。その一大事にまで、自分の言葉を聞くだろうか。
「官兵衛殿さぁ、もう少し自覚した方がいいよ? どれだけが官兵衛殿を中心に物事を考えてるか」
そう告げられた時の官兵衛は、彼には珍しくとても間抜けな顔をしていたと後に半兵衛は語る。まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔――――まったくに虚を突かれた表情で、冷酷無比の軍師の鉄面皮が剥がれたのだった。
わかった、と何をどう了解したのか分からないが、官兵衛は短く答えた。
そして、腰を上げると、
「ちょっ、どこ行くわけ?」
声をかけた半兵衛に向ってにやりと笑みを送る。
それはそれは黒い笑みを浮かべ、
「なに、私も見合いの準備を手伝ってやる気になったのだ」
と。
end
過保護軍師おかんべえ出動です。