とある事件簿・後始末編
一夜明けて、半兵衛と官兵衛はいつものように同じ執務室で政務に勤しんでいた。
勿論、昨夜起こった探偵ごっこの結末は二人の耳に入っていたが、それを口にする事はなかった。同室のを気遣ったというのもある。
はどこか疲れたような顔をしている。あの後、居室に戻ったあともあの一件が気になって、眠ることが出来なかったのだろう。
一通りの仕事が片付いた頃、官兵衛が無造作にに茶飲みを伸ばした。
「茶だ」
ぶっきらぼうに伸ばされたそれを嫌な顔一つせず受け取ると、は盆に湯飲みを載せ立ち上がった。
「あ、、俺にもね。あー、あと、戸棚に団子が入ってたから、それも〜」
と、いつそんな所まで確認したのか、よろしくぅと笑いながら半兵衛が自分の湯飲みを渡した。
「では、少しお待ちくださいね」
一礼してが襖の向こうへ消える。
と、半兵衛は顔の笑みを一瞬にして消し、官兵衛の文机の前に腰を下ろした。官兵衛が見ている書の上にどかっと肘を立て、
「官兵衛殿ってばやる事がいんけ〜ん」
と、頬杖をついて官兵衛の顔を覗き込む。
「何がだ。卿に誹りを受ける謂われはないが?」
「忍びを使う事に文句はないよ。ま、乱世の世の倣いってやつだしね。でもさぁ、の行動を見張るなんてちょーっとやりすぎじゃないの?」
官兵衛が顔を上げ、ぴくりと眉根を上げた。
「卿とて屋敷の者の動向を探らせているだろう。それと何が違う?」
「俺はそんな特定の個人を、四六時中追い掛け回すような見張らせ方はしてないから。ってか、風呂も寝所も見晴らせてるって羨ま……いやいや、やりすぎじゃない?」
「……忍びはくのいちだ。護衛の任も兼ねている。そもそも……どこぞの不届きな輩があれの側をうろちょろしなければ、私も護衛など付けずに済むのだが?」
どこぞの不届きな輩の一人である半兵衛は、誰だろうねぇ? などと空とぼけながらそ知らぬ顔で口笛を吹いた。
そもそも、半兵衛の手の者がどうやって官兵衛の忍びの存在に気付けたのか、それは一つの問題である。の風呂やら寝所を見張らせていた忍びに気付くということは――――半兵衛の配下もその場所を目指して遣わされたという事である。
一体、何の用があって――――と、それは問わずにいて置いてやったが、その日からの監視兼護衛が増えたのは言うまでもない。
「ねー、の護衛の忍びは俺が出すから、官兵衛殿は手を引かない?」
「……何故そうなる」
「だってさぁ、これから将来、俺とがいい仲になって、あーんな事やこーんな事をする時も、官兵衛殿の忍びに見張られてるって事でしょ? 俺、そんな状況下でちゃんと出来るかなぁ。……ああ、でも、に不能だなんて思われたくないし」
がいないため形振り構わないのか、半兵衛の下品な物言いに、官兵衛は顔をしかめつつ、
「案ずるな。そんな将来は、未来永劫来えぬ」
と、きっぱりと言い切った。
「ちょっ、官兵衛殿にどうして分かるわけ!?」
「理由は言えぬな」
ふっと勝ち誇った笑みを浮かべた官兵衛に、半兵衛はむすっと顔をしかめる。
が、次の瞬間、顔を和らげると、
「ね〜、かんべー殿〜。俺にも秘密文書見せてよ〜」
と、驚くような変わり身の早さで猫撫で声を上げた。
ここは官兵衛を敵に回すより、味方に取り込んだ方が得策と考えたためだった。
「断る。卿は私の忠告を聞かなかったのか?」
忠告とは昨夜、桔梗が告げた最後の一言の事だった。当然、半兵衛の耳にも入っていたが、半兵衛はそれを聞かなかった事にして、官兵衛に話を持ちかけたのである。
「そんなつれない事言わないでさ〜。俺もが風呂でどこから洗うのかとか、どんな格好で寝るのかとか興味あるよ〜」
当然、を監視する目的で作らせている秘密文書は、そんな下世話な欲求を満たすためのものではないのだが――――確かに、それらの情報さえも件の文書は網羅している。
「断る。そのような不埒者には、決して見せるわけにはいかんな」
まったく取り合わない官兵衛の物言いに、半兵衛はあっそう、と不適な笑みを浮かべた。
「がこのこと知ったら、どう思うかな〜。敬愛する官兵衛殿が、まさか乙女の秘密をのぞき見てるとはねぇ?」
にやり、と笑む半兵衛。
官兵衛の無表情な――――だが、わずかに嫌悪感を浮かばせた顔が、半兵衛を睨みつける。
だが、それは一瞬の事だった。
好きにするが良い、と答えたと思うと、官兵衛の表情はいつもの無表情に戻っている。
そして、
「だが、卿のその下劣な欲望を聞いたら、あれも失望すると思うが?」
互いに相手の喉下に脅しの刃を当て、ぐっと言葉を呑み込む。
痛みわけか――――
半兵衛はちっと軽い舌打を、官兵衛は薄い笑みを浮かべ、ちょうどその間を突いたように、盆に茶を載せたが戻ってきた。
「あれ――――どうかなさいましたか?」
異様な雰囲気を感じ取って問いかけたに、半兵衛は微笑を、官兵衛はいつもの無表情を返した。
「いや、何でもない(よ)」
と、二人声を重ねて答え――――
そしてその夜、哀れな北東書庫の記録係には、何が何でもの秘密を暴けという命が下り、黒田勢の忍び達には半兵衛配下の者が近寄ったら、生死に関わらず排除するよう指令が下ったのだが、それはまた別のお話――――
end
本編とは別次元の話と思っていただけると幸いです。
しかし、残念な事にこういうノリの方がうちのサイトらしい……orz