とある事件簿
薄暗い書庫の中。わずかに差し込む月の光を頼りに、私はこれを記している。
季節は文月の中ごろ。外はうだるような暑さだが、書庫の中はひんやりと涼しく、まるで土蔵のような黴臭い匂いが充満している。
私が記録係として書庫に入り浸ってからどれほどの月日が経つのであろうか。今までお家にまつわるいくつもの記録を書き続けてきたが、私は今、初めて己のためだけの記録を残そうとしている。
とある人物からの依頼を受け、私は今、ある謎を追っている。
それは一月前に南東の書庫で起こったぼや騒ぎに起因し、先の福島正則殿襲撃事件に繋がる一連の事件の事である。
今になっては皆、そんな事件の事など忘れ何事も無かったような顔をしているが、果たしてあの事件は何だったのか……。
私は聴取を何度も重ね、ついに事件の真相に至った。いや、今の段階では至ったと思う、である。何故なら、まだ真実は語られていないからだ。
今の時刻は亥の刻。子の刻に私はある人物と待ち合わせをしている。
その人物こそが、事件の犯人であると私が目をつけた人物だ。
真実を得るまでに、私はこの事件のことを整理しておこうと思う――――
『水無月 十九日』
その日はからりと晴れた快晴であった。書庫に篭っていた私にも、外の涼やかな風が窓から舞い込んできた。
だが、その涼やかな風が昼頃、白い煙の混じった生暖かい風に変わる。
南東の書庫でぼやが起こったとの報せである。
幸い公式文書などは無事であったが、壁が黒く煤けてしまったらしい。
だが、このぼや騒ぎで思わぬ記録が見つかることになる。
『いの十七号文書』。
聞きなれない名である。
というのも当然で、実はこの文書は一部の者のみが閲覧を許された極秘文書である。先代の記録係がしたためたそれは、書庫の奥深くに安置され、語り継がれぬまま眠っていたのだ。
中はとある人物の成長を事細かに記した記録であった。
否――――成長に限るものではない。その人物の日々の生活の様子が微に入り細に渡り記されている。おそらく個人の日記であっても、ここまで詳細に書き記す事ができないのではないだろうか。
その日誰と会いどんな会話を交わし、何を食べ、何時就寝したか。本人さえも意識しない記録がびっしりと、記されていた。そしてこれが重要であるのだが、当人の心情を分析した内容までもが記されている。喩えるなら誰に好意を寄せ、今どんな気持ちでおり、どんな人々がその人物を取り巻いているのか――――その人物だけではなく相関的に分析されたそれは、もはや記録の域を逸する。
さらに記録は文字だけでなく、画像、映像、音声などあらゆる「めでぃあ」を利用して収集しうる可能な限りの情報が残されていたのだ。
一体、どんな優秀な忍びを雇えばそんな記録が残せるのか。そもそも誰の命でそのような記録が残されたのか。先代の記録係がいなくなった今、真実を知る者はいない。
とにかく、それさえ読めばその人物の全てを知る事ができるという、大変個人にとっては「でりけいと」な文書である。「ぷらいばしー」の侵害など、もはや完全に無視している。
こんな物は書庫などに置いてはおけない、と。奥方様の命により、その文書は宝物庫に移された。
そして、事件である。
『文月 五日』
件の福島正則殿襲撃事件の日である。この日は厚い雲が天を覆う様な天候であった。今にも雷雲がいかづちを落とさんとする天候の中、雷鳴さえも割くような甲高い悲鳴が響き渡った。
声は宝物庫の中から聞こえたと言う。
その日は宝物庫の清掃の日であり、聞きつけた者たちが宝物庫へ向うと、中には清掃係の下女がぺたりと膝を地につけて腰を抜かしていた。
何事かと問うと下女はがちがちと歯を鳴らして、宝物庫の奥を指差した。
奥では福島正則殿が血まみれで倒れていた。側には血の付着した金の仏像。これが凶器であろうか。
福島殿は命に別状はなく、事件のあとすぐに目を覚まされた。
犯人は何の目的で福島殿を襲ったのか。皆が頭を抱える中、ある新情報が飛び込んでくる。
『いの十七号文書』が盗まれた、と。
end
モブの語りばかりですみません。
最終的には(たぶん)両兵衛で落ちます。
正則がガイシャなのは、なんとなくやり易かったから!
次回、証言者に続きます。