一先ずはまいたものの、が正気に戻り追って来るのも時間の問題だろう。それまでに如何に効率よく好敵手たちを蹴散らしたものか。
半兵衛はふむと腕を組むと、懐から幾枚かの文を取り出した。
皆、半兵衛がと入れ替わってから送られて来た恋文である。
これを仮に若武者甲・乙・丙と呼ぶとして、せめてこの三人にはしっかりとが誰のものか分からせる必要がある。
返事の文を書いている時間はない。となると、後は直接行ってこっぴどく振るしかないか。
半兵衛はいくつかの衝撃的な文句を思いつき、独りにやりと笑みを浮かべた。
とりかへばや奇談08
「私のお腹にはあの方のやや子がいるのです……」
薄い腹を帯の上からさすると、若武者は手にした書物を片っ端から取り落とした。
「あ、あの方と言うのは、一体どこの何者なのです!?」
若武者が目を血走らせて半兵衛に掴みかかると、半兵衛は頬を桜色い染めて、
「竹中……半兵衛様です」
と。
そしてうっと口を押さえてつわりの振りをして見せ、若武者を絶望の底へと突き飛ばす。呆然と見開いた瞳にさらに口をあんぐりと開け、思考回路を停止させた若武者には、もはや縋りつく救いの道すらないだろう。
否、一つだけあるとするならば――――
「おのれ、竹中半兵衛! 許すまじ!!」
復讐という名の修羅の道しかあるまい。
最後の一人である若武者が血の涙を流しながら、武器を手に駆けて行く背中を見送って、半兵衛は独りほくそ笑んだ。
しばらくはあの三人がを足止めしてくれる事だろう。もしかしたら、もう一人くらい落とせるかもしれない、と半兵衛は思案を広げた。
と、
「乱世の火種よ、潰えよ」
陰鬱な声が響いたかと思うと、突如虚空から現れた巨大な拳が、半兵衛を押し潰そうと突き落とされた。
「うわっと!」
半兵衛が寸での所でそれをかわすと、一部始終を見ていたのか、官兵衛が妖気球を手に掲げ姿を現した。
「執務も行わず、卿は一体何をしている」
と、霊鬼のような凶相を更に禍々しく歪ませ、官兵衛は不機嫌な顔で迫った。執務を疎かにした上に、今までの茶番の数々にいい加減業を煮やしたらしい。
そろそろ現れる頃かと予測はしていたが、流石に怒った官兵衛を目前にすると、なかなかの迫力がある。他の男共のように陳腐な策は通じないだろうし、官兵衛自身の身体を傷つける事に、一切の躊躇いがない。
「少々おいたが過ぎたのではないか?」
と、妖気球を掲げて一歩前へ。
「う〜ん。俺としてはまだ遊び足りないけど?」
冗談でそれを返しつつ、半兵衛も一歩後ずさった。
「ほう? では私が直々に、卿の遊び相手を仕ろう」
「いやぁ、遠慮しよっかな〜。官兵衛殿、忙しそうだし」
「なに気にするな。ほんの一瞬で終わる」
一瞬のうちにカタをつける気なのか、官兵衛の周囲には四つの光の玉がいつの間にか浮かび上がっていた。
「うわ、全力?」
と、流石の分の悪さに半兵衛は苦笑を浮かべる。
あれと鬼の手をの細腕で切り抜けるには、いささか力不足だ。一人くらい若武者を官兵衛にぶつければ良かったかもしれないが、それでは間違ってと官兵衛の仲が噂になってしまうかもしれない。
どうやらここは自らの手で切り抜けねばならないようだ。
「本気でいくよ、かんべー殿?」
半兵衛は袖口から飛刀を手にすると、両手に揃え構えた。
応えるように官兵衛は妖気球を高く掲げる。
そして互いの攻撃が閃光を放ちながら、宙で交差し――――
「調子に乗ってすみませんでした……」
下半身を地中に埋め込んだ状態で、半兵衛は深々と頭を下げた。
まるで釘を地面に打つように、がしんがしんと鬼の手が頭上から半兵衛の頭に振り落とされる。その度に少しずつ下半身が地面に埋まって、このまま生き埋めにでもされてしまいそうな勢いなのだが、鬼の手は一向に動作を止めない。
当然といえば当然なのだが――――接近戦を苦手とするが、飛刀だけで官兵衛に勝てるはずなどない。
そもそもは脆弱、虚弱、病弱の三大非力要素を兼ね揃えた、無類の貧弱軍師である。男女の根本的な体力差がある上に、元々の虚弱体質も相まってその弱さはぴかいち。直接対決にはまったく向かないのだ。
だからこそ、その力の差を埋めるためには千里眼を用いて戦うわけだが、その最大の武器を持たない半兵衛には官兵衛に勝つ事など万に一つも無理。地中に埋められているこの構図は、至極当然の結果なのである。
「え〜と……俺、この後どーなっちゃうの?」
半兵衛がの身体の中にいる以上、これ以上の無体を強いられる事はないと思うが――――
官兵衛は目を細めると、自分の後方へ顎をしゃくって見せた。
「始末はあれが付ける」
そこには禍々しい空気を纏ったの姿。
半兵衛の差し向けた刺客とやり合った後なのか、満身創痍と言うべき風貌である。
だが、顔は清清しく爽やかな笑みを浮かべて、
「さあ。お仕置きの時間ですよ?」
は手にした羅針盤を大きく振りかぶったのだった。
狭い執務室の中に文机が三つ。
その一つの前に、白い羽織を来た小柄な男と、それに寄り添う年若い娘の姿がある。そして、少し離れた所で詰まらなそうな顔で、二人を見守る凶相の軍師。
竹中半兵衛、、黒田官兵衛の三名であるが――――中身はいささか異なる。
小柄な男は怜悧な表情で黙々と書をしたため、それを横で見ている娘が、流石です! と感嘆の声を上げていた。
そして、そんな二人を頬杖をつきながら見守る黒衣の男は、
「なんでこうなるかな〜」
と、その風貌に似つかわしくない軽い口調で唇を尖らせるのだった。
二度ある事は三度ある。
そして、罪を犯した者には罰がある。
「どの口で卿がそれを言う」
と、小柄な男はぴしゃりと言い放って、黒衣の男を黙らせた。納得がいかないのか、男はぷくりと膨れ面をするのだが――――はっきり言って、可愛くない。むしろ不気味である。
半兵衛の計略はほぼ上手くいったのだ。
に懸想していた男共を片付け、自分との中を公然のものとする。
だが、それに中身が伴っているか否かまでは――――半兵衛の予測の外にあった。
「官兵衛様、素敵です!」
と、半兵衛の姿をした官兵衛に、はぴったりとくっついている。官兵衛も満更ではないのか、余計な事は言わないがあえてを遠ざける事もしなかった。
最近では似合いの二人だなどと噂する者も現れ、それは半兵衛の望んだ未来と大変酷似しているのだが――――
「ね〜、どうしてこうなるわけ?」
不満げに顔をしかめた半兵衛に、官兵衛とは二人声をそろえて言った。
「自業自得だ(ですよ)」
end
ついに官兵衛殿とも入れ替わっちゃいました。
あの口調で、あの顔……全然、可愛くないですね!
これにて「とりかへばや奇談」完結です!
長らくお付き合いくださり、ありがとうございました!