とりかへばや奇談04
忠実な番犬はそれこそどこまでも付いてきた。
食事も、執務も、仕事をサボって寝る時も、の言葉を遵守しようと、あの目つきの悪い顔で半兵衛の半歩後ろを付いてくるのである。
そっと後ろを振り返ると、
「あんだよ?」
と、喧嘩を売るような野太い声。が護衛ならいいのに、と思いつつ、口に出すと蹴り飛ばされそうなので、心の中でのみ呟く。
「あのさ〜、正則? そんな四六時中見張らなくったって、俺悪い事しないよう」
だからどっか行ってくんない? と頼んだつもりだったが、正則から返って来るのは不審者を見るような厳しい視線ばかりで。
「あーん? 信用できると思うのかよ。この喧嘩奉行・正則様の目が黒い内は、てめーの好きにはさせねぇからな!」
この際、喧嘩奉行と護衛はまったく別なのだが、正則にとっては今回の件も同じ次元の話なのだろう。殴れば解決する、と思っていると言う事は、つまり半兵衛が何か事を起こせば容赦なくあのごつい拳が飛んでくると言う事だ。
勿論、半兵衛にとってもの身体が傷つくのは本意ではないのだが――――
これじゃあ、俺の目的が果たせないんだよね。
半兵衛の目的とは、この機にに想いを寄せる男共を悉く潰すことにある。
初めはただの悪戯や冗談のつもりでそこら辺の男を誘惑していたのだが、驚くほどあっさりと男達が下心を丸出しにするので、の今後の身の振り方が心配になったのだった。
邪魔者を排除し、ついでに自分との仲を公認のものにしてしまえば一石二鳥――――と、半兵衛は考えたのだが、今日の一件は少し薬が利き過ぎてしまったらしい。まさか、刀を持って半兵衛の顔をしたに、決闘を申し込みに行くとは思わなかったのだ。
だが、がそこら辺の馬の骨に負けるとは思えないし、何より事情はどうであれ自分のために戦ってくれた――――と、中身が入れ替わっているのだから、これは錯覚に過ぎないのだが――――事実が嬉しくて仕方がない。
「私のために争わないで〜……なんてね」
独り悦に入ってにやにやと笑みを浮かべている半兵衛に、正則は大丈夫か? と声をかけたが、その声は妄想という幻想世界に飛び立ってしまった半兵衛には届かなかった。
とにかく、目的を達成するためにも、邪魔な護衛など排除しなければならない。
の狙い通り正則が誰彼構わずガンを飛ばしているので、に心を寄せる者達まで萎縮してしまい、近づこうとしないのだった。
「ねえ、正則。ここは交換条件といかない?」
「あん?」
「正則だって、俺とずーっと一緒は嫌でしょ? だから、には上手く言っておいて、しばらくお互い別行動を取るってどう?」
半兵衛の提案に、正則は嘲るようにはんっと鼻を鳴らした。
「ふざけんなよ、てめぇ。いくら俺の頭が悪くったって、ほいほいとてめぇの誘いなんかに、」
だからさ、と半兵衛は正則の声を遮った。
正則の手を柔らかく包み込むようにして取り、自分の胸へと引き寄せる。
「へ?」
正則の間抜け顔を、半兵衛は下から上目遣いに見つめて、
「お願い聞いてくれるなら、ちょっとぐらいなら触らせてあげてもいいけど?」
ふに、と柔らかな感触。正則は半兵衛に手首を捕まれたまま、押し付けられた柔肌に耳の先まで真っ赤に染めた。
「ばっ、ばばばばばば、馬鹿言うなよ、てめー! んな事、にバレたら……」
だから、にはナイショ――――
ふうっと、耳元に息を吹き込むと、正則は軟体動物のようにくにゃりと腰を折った。
まったく以って、純情というかなんというか――――あまりの扱いやすさに半兵衛は、少しばかりこの愚鈍な青年を哀れに思った。勿論、それ以前にこの程度の誘惑に簡単に折れてしまうのならば、半兵衛にとっては危険分子以外の何者でもなく、排除すべき対象となるわけだが。
「ま、まじか?」
正則は顔を真っ赤に染めつつ、期待と不安でまぜこぜになった視線を向ける。半兵衛が婉然と微笑むと、ごくりと唾を飲み込んで正則の喉が大きく上下した。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……」
目をギンギンと血走らせ、正則はゆっくりと両手を伸ばす。
落ちた――――
所詮子飼いなどこの程度、と半兵衛は密かにほくそ笑んだが、その瞬間、半兵衛の後頭部と正則の前頭部を固い物体が強打した。
「いで!!」
「たっ!?」
何事かと半兵衛が驚いて振り返ると、色鮮やかな鉄扇が虚空を裂くように飛び、ぱしりと青年の手に戻った所だった。
「何をしている、クズ共」
虫けらを見下すような、侮蔑を孕んだ視線と言葉が容赦なく飛来する。
「なっ、てめぇ頭デッカチ!」
正則が噛み付くように吼えたが、三成はそれを無視して、鋭い視線で半兵衛の顔を睥睨する。
「この変態軍師が」
と、再び蛇蝎を忌む如く忌々しげに吐き捨てると、ぱしりと扇を畳んでその先を正則に突きつけた。
「役者降板だ。護衛は俺がやろう」
「んなっ! ふざけんな、俺はに頼まれて」
「そのが、貴様に不始末があるなら取って代われと言ったのだ。今更、言い訳は出来まい?」
ぐ、と正則は言葉を詰まらせた。弁解しようにも、先ほどの一件を見られていたとなると、己の行為を正当化する事も出来ない。
「譲ってやるだけだからな、な!」
と、散々に負け惜しみを吼えて、正則はその場を去っていった。そして、取り残された半兵衛に、三成は冷ややかな視線を送ると、
「俺は馬鹿のように甘くはない」
と、鉄扇を力いっぱいぱしりと手の平に叩きつけて、睥睨したのだった。
end
おっさんの誘惑にどきどきしてしまう、可哀想な正則。
護衛役が三成にチェンジしました。